すけこまし 4/6 ~お手紙~

 家に帰ってくると、亮太がランドセルからノートを取り出し、一ページやぶいて何か書き始めた。悠に見えないように腕で隠している。

「何書いてんの?」

「ん? 絵」

 嘘だということは分かっている。鉛筆の動かし方から見て、書いているのは明らかに何か字だ。でも、無理やり見たら怒られるだろう。悠は何も言わずにゲームを取り出すと、ゲームをするふりをしながら亮太を観察し始めた。


 亮太はしばらくすると書くのをやめ、紙を折りたたむとポケットに入れて一度だけ悠の方をちらりと見た。

 悠は興味がないふりをしながらしばらく観察を続けたが、亮太はテーブルの横に座ったまま、いつまでたっても不自然なほどに何もせずに移動もしない。ただ、チラチラ悠の方を見ている。本人はさりげないつもりだろう。


 亮太が書いたのは詩織さんへの手紙か何かだという予想はつく。早く届けに行きたいけど、悠に見つかったら止められる、と思っているのだろう。

 実際はもう悠に止める理由は特にない。だが、何となく詩織さんにとどけてくるように自分が指示するのは恥ずかしい。

「なんかお腹痛くなってきた」と嘘をついて、悠はトイレに入った。しばらくトイレで聞き耳を立てていると、そっとドアを開ける音がした。かなりゆっくりと気を使って開けているようだが、丸聴こえだ。

 そのあと隣の五号室のドアの郵便受けが開くかすれた金属音がして、すぐにまたこの部屋のドアが開く音がした。悠が水を流してトイレから出ると、亮太はとぼけた顔をして悠の方を振り返って少し不自然な挨拶をした。

「あ、悠おかえり」

 トイレから出て来た相手にだ。

「ただいま」

 悠は亮太ににっこり笑いかけた。


 その後しばらく、悠はマンガを読み、亮太は紙ヒコーキを折ってダラダラと過ごしていた。手紙投函から一時間ほど経った頃、五号室のインターホンの音とドアが開く音がした。何か起こりそうだ。二人は手を止めて聞き耳を立てた。

 玄関先で話をしているようで、小さく声が聞こえてくる。少しするとドアの閉まる音がした。外の通路や階段を歩く音はしない。どうやら訪問者は詩織さんの家に入ったらしい。

「ケンカするかな?」

 亮太がささやいた。

「まだ彼氏かどうか分からないよ」

 口ではそう言った悠だが、本当は彼氏だとほぼ確信している。


 だが、そこからしばらくの間は静かだった。ずっと集中して聞き耳を立てるのは案外疲れるもので、二人は一旦中断し、再び悠はマンガを、亮太は紙ヒコーキを折り始めた。二人がそれにすっかり集中した頃


 バン!


 と突然壁の向こうから何かを叩く音が聴こえてきた。二人は壁際に飛び寄り、また聞き耳を立てた。

 壁の向こうから、玄関に向かう足音が聴こえてくる。詩織さんが厳しい声色で何か言っているが、よく聴き取れない。すぐにドアの開く音がして、誰かが外の通路を歩く音と、階段を下りていく音が聴こえ、続けて鋭い声がレーザービームのように鳴り響いた。

「消えろ! っ死ねえっ! くたばれえーっ!」

 聞いたことがない攻撃的で切れ味鋭い声。もちろん詩織さんのはずだが、あの人にこんな声が出せるなんて。ドア越しの悠と亮太にもはっきり聴こえる。


 すぐに七号室の方からドアの開く音がして、山崎さんの声が聴こえてきた。

「あんた、うるさいよ!」

 返事の代わりに「ドバン!」と詩織さんがドアを閉める大きな音が聞こえた。

「りょうた」

 悠は時計を確認しながら亮太に言った。

「あと十分くらい経ったら、もう一回垣沼さん夕飯に誘ってみて」

「うん」

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