第13話 魔法生物

僕は不規則に聞こえる何者かが立てる物音を振り向く事もせず、ただひたすら前だけを見て歩いた。

幸い、何者かは森の中から道に出てくる気配は無く、危険な状態ではあるが絶体絶命の窮地に立たされている訳でもなかった。


「どうやら僕達に興味があるのではないみたいだね。」


「そうじゃな。

しかしこの辺りにかのような禍々しい存在なぞ居るはずはないのじゃが?」


「そういえば、危険な生物はいないって言ってたっけ?」


「あれは生物じゃないからと言い逃れすることも可能じゃがの。」


岩の精霊は笑って見せる。


「結構余裕あるんだね。」


「ワシは偉大な精霊様じゃからの。このくらいの事どうもせんよ。

お主が願うなら、敬って敬い倒しても良いのじゃぞ?」


「遠慮しときます。」


苦笑いする僕。


「そもそもこの辺り一帯は獣人族が管理しておるのでな、魔物などが迷い込んでも早々に退治されるはずなのじゃが。

一匹や二匹なら退治される前に遭遇することもあるかも知れぬが、あれだけの数になるとちょっと解せぬな。

感じた限り、あれが自然発生したとは思えん。

きっと何か原因があっての事なのじゃろう。」


一通り説明をしてみせる岩の精霊だが、本人にとっても予想外の展開なのだろう。困惑の表情を浮かべていることは明らかだった。


「とりあえず、獣人族の村に着いたらこの事を知らせないとね。」


「そうじゃな。この地域は彼らの領域じゃからな。」


生きた心地がしないこの状況で、一分一秒でも早くこの場所から開放されたいと願う僕であったのだが、その歩みを止めざるを得なかった。

何故なら道の真ん中にその禍々しい存在が立ち塞がっていたからである。

それは、赤黒く光る宝石のような物体を中心に黒い炎のような揺らめきで人を模ったおぞましい姿をしていた。


僕の足音に気付いたのか、ぐるりと僕の方を振り向くと、顔の中央に位置する大きな真ん丸の一つ目で僕を見る。


僕は車のライトを直視した猫のように固まってしまう。


「主よ、逃げるのじゃ。」


岩の精霊の叫び声が僕を現実の世界に引き戻す。


「急ぐのじゃ。右手側の森を抜ければ獣人族が使っておる泉がある。」


「分かった。」


思考が完全停止している僕は、言われるがままに森の中へ向かって駆け出した。


「でも、森の中に入って大丈夫なの?」


「大丈夫じゃ。この付近から禍々しい気配は感じぬ。」


体のあちこちを小枝が傷つける中、僕は構わずに全力疾走する。

途中何度も躓きそうになるが奇跡的な身のこなしで体勢を立て直した。


どれだけ走ったのか覚えていないけど、振り向かなくても禍々しい存在の気配が消えたのは理解できる。

逃げ切ったと言うよりは僕を追ってこなかった可能性が高い。


僕は左肩にキュルルが居ることを確認し、両膝に手を当てハァハァと息を整えながら尋ねる。


「何なのあれは?」


岩の精霊も暫くの間辺りを警戒していたようだったが、危険が去ったと判断したのだろう、軽く息を吐くと質問に答えてくれた。


「あれは魔力を源に亡魂を作り出し、そこに怨念など不浄の輩を集めた低位の魔法生物じゃな。」


「魔法生物?」


相変わらずのファンタジー単語ではあるが、今回は不思議とすんなり入り込んできた。

人工知能やロボットなど、僕の研究していた事も広義的な意味では生命を与える行いだ。きっと通じるものがあったのだと思う。


「なんじゃ、今回は驚かんのか?ちと残念じゃの。」


岩の精霊も皮肉を言う余裕ができたようで、悪戯っぽい表情を見せる。


「魔法生物と言っても色々あるがな、基本的な仕組みはどれも同じじゃ。

先程のは赤黒く光る宝石のような物を核として、肉の代わりに不浄の輩を使い、血の代わりに魔力を使ったものじゃな。」


不謹慎かもしれないけど、いつもと違い何となく疲れた表情で説明する岩の精霊はちょっとだけ可愛く見える。


「でもその話だと、さっきのアレは誰かが造りだしたって事になるの?」


「そうじゃな。ワシも長いことこの世界を見ておるが、自然発生で魔法生物が生まれた話は聞いた事がないな。」


「それってつまり、この辺りで何か問題が起きてるって事?」


「どうじゃろうな?

とにかく獣人族の村へ行けば何か分かるとは思うのじゃが…」


岩の精霊は歯切れの悪い受け答えをした。


「どちらにしても獣人族の村まで行くしかないという事だよね?」


「そうじゃな。見て見ぬ振りはできぬしな。」


「でもどうやって行くの?

道にはあの魔法生物が立ち塞がって居るだろうし…」


「それは問題ないじゃろう。

この先の泉から流れ出る川に沿って下れば獣人族の村の近くまで行けるからの。」


「でも川沿いでさっきのに遭遇したら逃げ場が無いんじゃないの?」


「それも大丈夫じゃ。川沿いには石が沢山あるでの。

もし遭遇したとしてもワシが魔法で何とかするわぃ。」


「大丈夫なの?」


「失礼なヤツじゃな、何を心配しておるのじゃ?

ワシほどの偉大な精霊様になれば攻撃魔法も威力抜群じゃぞ。

敬って敬い倒す事になるじゃろうて。」


岩の精霊は、いつもの腰に手を当てた得意気な態度をとってみせる。

僕もいつも通りの愛想笑いを浮かべ、


「遠慮しとくよ。

とりあえず泉に向かうね。この先で良かったんだよね?」


「そうじゃ。もうすぐのはずじゃよ。」


僕は首筋にすりすりしてくるキュルルを撫でると岩の精霊に微笑み、泉に向かって歩き始めるのであった。

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