第11話 巨木のある風景

二時間くらい歩いただろうか?

この世界を照らす明かりは頂付近まで登り、そろそろ昼ご飯の時刻だと教えてくれる。


崖の割れ目から始まった小川は大きな川へ流れ込み、何事も無かったかのようにその姿を溶かしていくのであった。


きっとこれが岩の精霊が言っていた本流との合流地点なのだろう。


向こうの川岸までは50メートルぐらいはあるだろうか?

水は澄んでいて透明度が高く川底を確認することもできるけど、川の中央付近はそれなりに水深があり、水の流れも速そうで泳いで渡ることは難しいと思う。


しかし、景色は最高だった。


雲一つ無い青空に川のせせらぎ、水の流れと共に輝く水面は、この世界は生きているんだと僕に訴えかけているように感じる。


僕が立ち止まり見入っていると、石の肩当てから上半身を出した岩の精霊が欠伸をしながら眠たそうに話しかけてきた。


「ようやく着いたようじゃな?」


僕が汗をかいて歩いて来た事を考えれば、ちょっと納得のいかない気持ちもあるのだが、もう片方の肩で寝息を立てながらゆらゆらと幸せそうに揺れているキュルルを見てしまってはそれも言えない。


僕は気持ちを落ち着かせると、これからの事を確認するために尋ねた。


「ここからどうすればいい?

とても泳いで渡れるような気はしないんだけど…」


「大丈夫じゃよ。

もう少し下流に行けば、川を渡れる場所があるのでな。」


「川を渡れる場所?

橋でも架かってるのかい?」


「うーん、橋と言えば橋かのう?

まぁ、行けば分かるじゃろう。」


曖昧な返答にすっきりしない気分ではあるが、渡れる場所があるならそこに行くまでだ。


僕は大き目の岩を探し腰掛けると、昼食をとる為に洋梨のような果実を取り出した。


寝息を立てていたキュルルも目が覚めたのか、僕の肩から飛び降りて楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。


「キュルルも食べる?」


僕は石の容器に入った枝が付いたままの赤い実を取り出すとキュルルの前に差し出した。


待ってましたとばかりに大きな口を開けてぱくりと一飲みするキュルル。

相変わらずの愛らしさに、僕の顔も自然と緩むのであった。


お決まりの幸せそうな表情でゆらゆらと揺れるのを見ながら気付く。


「そう言えば、君は食事をしないの?」


「ん?もちろん食べるぞい。」


「でも、何も持ってきてないよね?」


「ワシほど偉大な精霊様になると、食事は雰囲気で楽しむのじゃ。」


岩の精霊は腕を組み、得意気にポーズをとって見せる。


「どういう事?」


僕は意味が分からずに質問で返す。


「お主は鈍いのう。要するに食事自体は必要ないと言うことじゃ。

しかし、食べることは出来るのじゃよ。」


「それは、生きる為に食事をする必要はないけど、食べたい物があれば食べる事もできるって事?」


「だいたいそんな感じじゃな。」


何となく理解した僕はキュルルを見る。

キュルルはお代わりのパフォーマンスを繰り広げている最中だ。

僕は新しい赤い実をキュルルに差し出すと、


「キュルルも同じなの?」


「さぁな。

基本は同じじゃろうが、キュルルはまだ生まれたばかりじゃからのう。

きっと成長する為に必要なのじゃろ。」


「そんなもんなんだ。」


最初に出合った時もキュルルは赤い実を食べようとしていた。

本心は分からないけど、雰囲気を楽しむために食べようとしていた感じには見えなかった。


キュルルも岩の精霊も、僕の許容できる範疇を完全に超えた存在なので、理解する事は到底無理だけど僕も科学者の端くれだ。

この世界での生活に余裕ができたら色々と調べてみたいと思う。


その積み重ねが僕と地球を結ぶ何かに繋がると僕は不思議と信じているのであった。


食事を兼ねた休憩を終えると、僕は再び下流に向けて川沿いを歩き始めた。


「もう少し行けば、川を渡る場所が見えてくるはずじゃよ。」


石の肩当てから上半身を出した岩の精霊はそのままの状態で話を続ける。


「きっとお主は驚くじゃろうな。

この世界でも結構レアなものじゃからな。」


「へぇー。それは楽しみだな。

でも最初からハードルを上げて大丈夫なのかい?」


「多分大丈夫じゃろ。ほれっ。見えてきたぞ。」


岩の精霊が指差す先に、川を跨ぐように巨大な何かが立ちはだかっていた。


近づくに連れ、その巨大な何かの正体が明らかになっていく。


そしてその正体が判明した時、僕は岩の精霊の思惑通り驚くのであった。


「何だこれ?」


それは紛れも無く植物に属する何かだった。

川の真ん中から伸びる堂々たる幹は摩天楼の如くそびえ、遥か上空で青々とした葉を広げている。

根元からはクラーケンの足のような根が絡まりながら至る所で水面を貫き、収まりきらない他の根はうねる様に両岸まで伸び大地に根を張っていたのだ。


「どうじゃ。すごいじゃろう?」


岩の精霊は満足そうな顔で僕の横顔を眺めている。


僕は分かっているのに質問せずにはいられなかった。


「これは木なのかい?」


「そうじゃ、これは木じゃよ。」


「そうか木なのか…」


なんとも間抜けな問答だ。

僕の知っている限りでは、地球上で一番大きな木はアメリカ、カリフォルニア州にある「シャーマン将軍の木」だったと思う。

それでも高さ83メートル、直径の最大値11メートルだ。


今僕の目の前にそびえ立つ巨木は幹だけで川幅の約半分、その高さは目視では確認する事ができなかった。

地球の物差しで推測すれば、直径25メートルで高さは200メートルと言った所ではないだろうか?


先程岩の精霊が橋の様なものと表現したのも納得できる。

川岸に張っている根を伝って行けば、歩いて対岸まで渡れそうだからだ。


川の中に木が立っていると言うより、木の根の隙間を水が流れていると言う表現の方が正しいのかも知れない。


僕は圧倒されながらも、この巨木の根が張っている川岸まで歩き、比較的緩やかな傾斜を選んで登って行った。


水面から10メートル程の高さであっても、キュルルは足元に水が流れている事が苦手のようで、終始僕の首筋に全身を寄せながら緊張した表情で耐えている様子だった。


そんなキュルルを僕は不謹慎ながらも可愛いと思ってしまうのであった。

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