第10話 シルファスと岩の精霊
翌日、洞窟を出た僕達はキュルルの赤い実と僕の食べる洋梨のような果実、そして崖の割れ目から湧き出る滝の水を汲み旅支度を終わらせた。
必要な容器は岩の精霊が魔法を使ってその都度用意してくれた。
昨日まで布と紐と手錠しか持っていなかった事を考えると感謝の気持ちで一杯になる。
「よし。これで準備は済んだかの?」
「うん。色々とありがとう。」
「なあに、ついでじゃ。気にすることも無かろうて。
しかし、どうしても敬いたいと言うのなら許すぞ。
敬って敬い倒すのじゃっ。」
岩の精霊は肩当てから飛び出した上半身で腕を組むと、大きく踏ん反り返ってみせた。
それを見たキュルルも真似をするが、こちらは相変わらずの幸せそうな表情をゆらゆらさせているようにしか見えなかった。
僕は愛想笑いで軽く流すと、目的地の方角を向いて確認する。
「とりあえず、この小川に沿って歩けば良いんだね?」
「そうじゃ。この辺りは特に危険な生物もおらん。安心して進むがよい。」
「うん、分かった。出発するよ。」
僕は小川の下流に向けて歩きだした。
これは、岩の精霊の亡き友シルファスが眠る部屋を出た後の話。
僕達は勢いよく洞窟を飛び出したものの、かなりの時間が経っていたのか、既に日はどっぷりと暮れていた。
さすがに今から出発という訳にも行かず、出発は日が昇ってからという事になった。
その夜、僕は焚き火の前で岩の精霊から色々な話を聞いた。
最初は他愛も無い世間話だったけど、次第に亡き友、ホワイトドラゴンのシルファスについての話になっていった。
それは今から五百年程前の話。
この地域一帯を守護していたホワイトドラゴンの一族は、この森の先にそびえる山脈を住処にしていたそうな。
この世界は三つの層に別れていて、今僕が居るのは真ん中の層で、上と下にそれぞれ別の層が存在しているという。
ドラゴンの一族が住処にしていた山脈は下の層との接地点となっていて、そこを通ればお互いの層へ行き来できる仕組みになっているらしい。
しかし層ごとに自然環境や生態系が全く違う為か、自由な行き来はそのまま争いへと直結していくのであった。
幾度となく繰り返される血で血を洗う歴史。
それを見兼ねた力を持つ者達は、それぞれの地域を守護すべく、迂闊に別の層へ行き来しないように睨みを利かせるようになった。
お互いに干渉しない事により、平和な時代を保とうとしたのである。
しかし時は過ぎ、人間族の技術が発達すると事情が変わってしまう。
ホワイトドラゴンの住処付近で希少な鉱石が取れる事が判ったからだ。
人々は競うようにドラゴンの住処を荒らし、時には危害を加えるようになったと言う。
耐えかねたホワイトドラゴンの一族は人間族の代表と話し合いの場を設けた。
しかし人間族は今まで下の層からの侵略者がいなかった事を理由に、ホワイトドラゴンの話を一切聞き入れなかった。
腹に据えかねたホワイトドラゴンの一族は人間族を守護から外し、山脈を放棄した。
結果、ホワイトドラゴンの睨みが無くなった山脈からは、下の層から絶え間無く『人ならざる者』が侵略してくる事態に陥ったそうな。
人間族はそれを魔物と呼び、今も魔物による被害は増え続けていると言う。
その後、山脈を離れたホワイトドラゴンの一族はこの森の深くに住処を移した。
この森が安全なのはホワイトドラゴンのおかげでもあるのだ。
ここから岩の精霊とホワイトドラゴンシルファスの出会いの物語が始まる。
今から三百年程前、この世界に大きな災いが降りかかった。
それは大魔王が誕生したとか、何処かの愚か者が何かを召還して失敗したとか、誰かが世界征服を企んで手に負えなくなったとかではなく、小規模な隕石がこの層に衝突したのだった。
当然その地域一帯はクレーターと化したのだが問題はその衝撃によって下の層への新しい接地点ができてしまった事だった。
隕石の衝突により、その地域の守護者であるイエロードラゴンの一族は壊滅的な被害を受け、とても新しい接地点まで睨みを利かせることは出来なかった。
そのまま放置しておけば下の層から『人ならざる者』が溢れ返ることになる。
この層で唯一接地点を持たぬ存在となったホワイトドラゴンの一族は憂い、新しい守護者になるべくその地に赴くことを決めるのだった。
しかし、ホワイトドラゴンの一族であったシルファスはこの地を離れようとはしなかった。
何故なら、発展を続ける人間族がその勢力範囲を広げ、守護する他の種族を脅かし始めたからである。
このまま全てのホワイトドラゴンがこの地を去ったらどうなるのか?
シルファスは一人この地に残り、この地域を守るために守護者として存在し続けたのだ。
やがてシルファスの存在は神格化され、この地域は人間族にとって不可侵の聖域となった。
その後シルファスは岩の精霊と知り合い、この洞窟で生活するようになる。
この地に生きる思想や信仰そのものである精霊と神格化された自分の姿が重なって見えたのかも知れない。
岩のある場所でしか移動ができない岩の精霊は、今回のように石の装飾品を作ってはシルファスに装着して共に出かけたと懐かしそうに話していた。
あのオレンジ色に輝く鉱石もシルファスに贈ったものだと言う。
話によると、この世界の技術では掘り起こすことのできない地層にある鉱石だとか…
幸せに満ち溢れたエピソードは数え切れない程のボリュームだったけど、その分別れの時の喪失感は想像を超える辛さだったのだと思う。
昨日洞窟で言っていた
『せめて遺骨の一部でも仲間の所に送ってやりたくてな。』
と言うフレーズが、僕の心に何度も響くのであった。
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