第9話 友は…

僕は岩の精霊に連れられて、洞窟の一本道を奥へ奥へと進んで行った。


先導する岩の妖精の後姿を見ながら、僕は先程聞いた話の一つを思いだしていた。


『言葉?ああ、これの事か?これはな、ワシが話してるのではなく、主が感じて聞き取っておるのじゃよ。』


この話が言葉以外にも適用されるのであれば、聴覚だけでなく、視覚も同じ原理で認識している事になるのではないだろうか?


要するに今僕が見ている岩の精霊の容姿は、僕の脳が認識している姿だという事である。


もしそうだとしたら、ちょっと複雑な気持ちになってしまいそうだ。


僕は自分の事をロリコンでは無いと思っていたのだが、実はロリコンだったと言う結論になってしまうのではないだろうか?


否、それは断じて認めることはできない。


僕は横に激しく首を振り全力で否定する。


それを肩で見ていたキュルルも真似をしてフルフルと揺れている。


僕は自分の行動に気付き、急に恥ずかしくなってキュルルを撫で撫でする。


しかし心のモヤモヤは晴れることは無く、僕は名誉の為に勇気を振り絞って確認することにした。


「あの、ちょっと聞いていいかい?」


先を歩く岩の精霊は、こちらを振り返ることなく答えた。


「なんじゃ?」


「さっき言葉の話をしたけど、それは見え方も同じなのか?」


「見え方とな?」


「うん。僕が見ている君は、僕が認識している姿なのかな?と思って。」


岩の精霊は暫く考えていたのか間を置くと、


「それは違うと思うぞ。

お主が見ているワシの姿は、ワシがこの世界に具現化した姿じゃからな。

そもそもワシら精霊は実体を持たぬ。」


「実体が無いという事は、幽霊みたいな存在だって事?」


「幽霊とは違うな。

我々精霊は神に近い存在でな、

この地に生きる思想や信仰そのものなのじゃよ。

幽霊や怨霊は魔族に近い存在でな、過去に存在しておった何かが形を失った後も存在しているものなのじゃよ。」


「分かったような、分からないような…」


「定義の話になるでの。

言葉で説明されても難しいじゃろうて。

お主に見えているワシは思想や信仰が集まった結果の姿じゃから、お主以外にも同じように見えるはずじゃよ。」


いまひとつ理解できたかどうか分からないが、とりあえず僕のロリコン説だけは否定できたようだった。


他人からすればどうでもいい事を真剣に考えていたのかも知れないけど、自分が思っている自分で無いと気付くのはちょっとばかり心臓に悪い気がする。

理想と現実は常に一緒ではないのだけど、それを受け入れるのは、やっぱり僕にはハードルが高いと思った。


苔の淡い光に照らされた洞窟の一本道は暫くの間続いた。


その景色に終止符を打ったのは、深く続く通路の先からオレンジ色にキラキラと漏れる光の存在だった。


岩の妖精は光を指差しながら振り返ると、


「ここが友の眠る場所じゃよ。」


と言い残し、小走りで先に行ってしまった。


僕は追いかけることはせず、そのままのペースで歩いて行く。


やがて目的の部屋に到着しその入り口をくぐると、そこにはまるで巨大なシャンデリアのようなオレンジ色に輝く鉱石が鮮やかに照らす広大な空間だった。


僕は想像を絶する豪華な風景に思わず立ち止る。


天井一面に水晶のような鉱石が群れをなすように犇(ひしめ)き合い、それぞれがオレンジ色の優しくも力強い光を放っている。

もちろん、地球では見たことの無い鉱石だ。そもそもこれほど強力に自ら発光する鉱石など地球上には存在しない。


あんぐりと口を開けて見とれる僕を見兼ねた岩の精霊は、


「何をしておる、こっちじゃぞ。」


と、部屋の中央で手招きをしている。


僕は気を取り直し、招かれるまま部屋の中央に向かって歩いて行った。


そして友の正体を知って驚嘆する事になる。


「もしかして友って…」


「言っておらなんだかの?ワシの友、ホワイトドラゴンのシルファスじゃ。」


岩の精霊の側には、頭蓋骨だけでも僕の身長では測りきれないであろう巨大なドラゴンの遺骨が形そのままで横たわっていた。


「この地域一帯を守護していたドラゴンの末裔でな。

元々は森の先の山脈に住んでおったのだが、人間族の発展に伴っていざこざがあってな。

嫌気が差してこの地に移り住んだのじゃよ。」


僕は意外な言葉を聞いて反応する。


「えっ?人間族?

今人間族って聞こえたんだけど?

この世界には人間が存在しているのかい?」


「ん?何を言っておるのじゃ?お主も人間族じゃろうて。

この周辺にはおらぬが、森を抜けた先の先には、人間族の暮らす街が点々としとるわい。」


「ははっ。」


僕はあまりにも素っ気無い真実に何とも言えない笑いを浮かべた。


確かに、この世界の何処かに人間のような存在が居ることは予想していたけど、初日の感覚では今後出会うことは偶然よりも奇跡に近いと思っていた。


それが、森を抜けた先の先に居るだなんて…

この件が終わったら、すぐにでも尋ねてみようと思った。


「では、準備をするかの。」


「準備って、こんな大きな遺骨持ち運ぶのは無理だと思うけど?」


「大丈夫じゃよ、持ち運ぶのは一部でいい。

本来なら死期を感じたドラゴンは自ら墓場へ赴くのじゃがの…

こやつはワシを置いて行くのを忍びなく思ったんじゃろうて。」


僕が考えるには、岩の精霊はこの洞窟に長い間一人で住んでいたのだと思う。


後から聞いた話だと精霊には寿命と言う概念が無く、精霊にとっての死とは、思想や信仰が全くなくなる事、即ちこの世界での存在の消滅のようなものだと言っていた。


きっとこのドラゴンは岩の精霊を一人残して行く事が出来ずに、終焉を迎えるその日まで一分一秒でも長くこの場所に居たかったのだろうと思う。


思いを馳せる僕に気付いたのか、ちょっと照れくさそうな仕草を見せた岩の精霊は、


「せめて遺骨の一部でも仲間の所に送ってやりたくてな。」


と続けると、持っていた石を手の平の上に乗せ目を閉じた。


緑色の光が輝くと、石は小さな骨壷へ姿を変えていた。


そのまま無言でドラゴンの小骨を拾うと骨壷に収め蓋をする。


「さて、次はワシの乗り物をつくらんとな。」


岩の精霊は僕に向けて微笑むと、同じように石を手の平の上に乗せ目を閉じる。


緑色の光が輝き、今度は石で出来た片方だけの肩当てが現れたのだった。


「よし。骨壷はこうすれば良いかな?」


岩の精霊は先程作った石の骨壷を腰に巻き付け、ぽかんと見とれる僕に向かって、


「ほれ、早く着けぬか?サイズもちょうど良くしてあるはずじゃぞ。」


石の肩当てを差し出しながら、僕の右肩へ装着するように促した。


「左肩はキュルル専用の場所のようじゃからな。

ワシは右肩を頂くとしよう。」


と、無邪気に笑って見せるのだった。


僕が肩当てを着けると岩の精霊は飛び乗ってきた。

石の肩当てに触れたと思うと、まるで水面に足を突っ込んだかのように潜っていく。


一時の静寂の後、上半身だけ姿を見せると、


「うむ、快適じゃわい。

ドラゴンの墓はこの洞窟を出てまっすぐ森を抜けた所じゃ。

人の足だと2日位の距離かのう?

食料など必要なものがあるなら用意しておくと良いぞ。」


岩の精霊は満足そうな笑みを浮かべ、ビシッと目的地へ向けて指差し、出発の合図を送るのであった。

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