第1話 僕が辿り着いた場

僕は目隠しをされたままの状態で横たわっていた。

目覚めた瞬間は視界が真っ暗だったので焦ったが、目を覆う布に気付き外してみると、そこは薄暗い洞窟の中だった。


淡く光る苔のような植物が洞窟内を薄く照らし、懐中電灯が無くても近くであれば十分視認できる明るさだ。


手足を縛っていた手錠や紐は少し離れた場所に無造作に落ちていて、僕は手足を自由に動かす事ができた。


僕が横たわっていたのは、一本に伸びる洞窟の通路側面にある窪みのやや上方にできた広々とした空間で、広い以外にこれといった特徴は無かった。


何故ここに居るのかは全く以って不明。


もしかしたら、これは終焉を迎えた僕が見ている夢なのかもしれない。


だが、これを夢で片付けてしまうにはあまりにも無理があった。


先ほどまでの記憶もはっきり覚えているし、脈拍も確認できる。

服装も着ていた物と同じで、靴も靴下もそのままだ。


当然足も有るし、おでこに額烏帽子も付けていない。


夢特有の矛盾や不自然さは山程思いつくけれど、どう考えたって夢を見ている訳でも成仏できずに幽霊になった訳でもないようだ。


混乱した頭を整理しようと努力したものの、余りにも情報が乏しこともあり断念せざるを得なかった。


とりあえず僕は周囲の探索を行う事にした。


ここが何処だかさっぱり分からないが、安全の確保だけはしておくべきだと思ったからである。


まず僕が横たわっていた空間を調べる事にした。


もしここが何かの生活の場であるなら、排泄物や食べ残し、髪や体毛など必ず痕跡が残っているからである。

同じように人工的に作られた空間であれば、加工した形跡や人工物などの遺物を見つけ出せるかも知れない。


僕は暫くの間、見落とさないよう慎重に調べた。


しかし何も見つけることは出来なかった。

洞窟の通路も調べたがこれといった成果は得られなかった。


唯一の手がかりは地球では見たことのない昆虫や植物が洞窟内に生息していることだった。


一通り調べた後、僕は改めて状況を整理する。


僕が覚えている記憶と現状が全く結びつかないことはこの際置いておくとして、現状を察するに僕は人為的にこの場所に運び込まれた訳ではないようだ。


そして残念な事に、ここは僕が生まれ育った地球でなく、別の次元、又は異世界である可能性が高い。


別の次元とか異世界なんて映画や漫画の世界だけの話だと呆れる人もいるかも知れない。


しかし僕は汚染された環境から人類を救うべく、地球から異世界へ移転する装置を完成させたチームの一員だ。

当然、別次元や異世界についても熟知している。

その存在や成り立ち仕組みなど、全ての疑問が科学的根拠に基づいて解明されているのだ。


時間が経つにつれ、得られる情報と共に途切れ途切れだった糸が繋がってくる。

混乱していた頭が徐々に整理されていく感触を得た僕は検索範囲を広げる事にした。


一本に伸びる通路を少し歩くと、その先に一段と明るい光が差し込んでいる場所がある事に気付いた。

どうやらこの洞窟の入り口を発見したようだ。


僕は躊躇うことなく洞窟の外へ出た。

一瞬、洞窟内との明るさの違いに目が眩んだが、次第にその視界が鮮明に映し出されていった。


洞窟の入り口周辺はちょっとした野原になっており、その先には森が広がっている。


野原に出て振り返ってみると、そこには見上げる限り絶壁だった。


「これはまた…」


思わず言葉が出た。


洞窟を抜ければ何処かの街の入り口でした。なんて都合の良い展開を期待していた訳ではなかったけれど、誰かが建てた小屋だとか、何処かへ続く道だとか、きっと何か手がかりになるような物があるとは思っていた。


洞窟の前からざっと見渡した限り、立て札や標識などの人工物どころか、森の奥へ続く道すら無く、獣道だって在るかどうか怪しい。


その後、念のため周囲を探索してみたものの、やはり道どころか獣道すら発見することは出来なかった。


生い茂る植物は日本で見たことのないものばかりで、野原を舞う蝶ですら初めてみる品種だった。


「さて、どうしたものか…」


僕は一人途方に暮れていた。


洞窟の入り口近くの岩に腰掛け、目の前に広がる景色を眺める。


それはとても長閑で平和そのものだった。

目を閉じ耳を澄ませば風の吹き抜ける音や木々のざわめき、遠くでは鳥であろう動物の鳴声も聞こえる。


核による汚染で崩壊しつつある地球とは全くの別世界だった。

情報として入ってくる全てが、ここは地球ではないと語りかけてくる。


刑壇室の中央、踏み台の上に立たされ首にロープを掛けられた僕は、確かに執行を受け刑壇地下室へ真っ逆さまに落ちていったはずだ。


その僕が何故このような場所に居るのだろう?


不安が無いといえば嘘になるが、こんな状況でなければ、日が暮れるまでこのまま佇んでいたいとも思う気持ちもある。


破滅の道を突き進む地球に生きた僕にとって、この世界の景色はそれほど魅力的だったのだ。


しかし、いつまでもここで佇んでいる訳にもいかない。

僕にはやるべき事があるからだ。


誰かを頼る事が出来ない以上、生きるために最低限の努力が必要になる。


そう、衣・食・住の確保だ。


衣は、今着ている服がある。

住は、先ほど安全を確認した洞窟がある。

残すは食…


「水と食べ物の確保をしないとな…」


僕はそう呟くと、重い腰を上げ、森に向かって歩き始めるのであった。

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