第3話 紋切り型の

 シャワーを浴び終えると、濡れた体軀たいくを隅々までバスタオルで拭き、履き馴れて少し皺のついているトランクスを履く。ボクサーパンツの方が男らしく凛々しい風姿を描くかもしれないが、このだらしない身体ではかえって似合うはずもない。何よりも締め付ける感じが自分の性分に合わなく、なんともいやな気分にさせる。上半身は白い下着に、裏表逆にならないように念入りに確認しながら袖を通していく。

 その恰好のまま、米が少し乾き始めて白みがかっている炊飯器から茶碗にご飯をよそい、お椀には作り置きしているほうれん草の味噌汁を再加熱してから注ぎ入れる。ついたままのテレビを見ると時は既に10:10を過ぎていて、遅めの朝食といったところである。巷ではブランチというお洒落な言葉があるらしいが、そんなきらびやかな言葉を使う身分でもないし、10時台は午前中なので朝食で間違いない。大抵の大学生は午前中が休みならこのくらいの時間に起きるだろうし、朝食と昼食を兼ねて食べることもある。やけにハイテンションなアナウンサーが筋トレグッズを宣伝し始め、その声を聴くのが嫌になってテレビを消す。自分の貴重な朝食を邪魔されないように、ご飯の真ん中に箸で少し穴を開けて生卵を流し込み、その上から醤油をちょろっとかけて一気に口の中にすすり入れながら、今日の昼食はいいやと自分も他の大学生と同じ思考回路になる。


 世の大学生はいつだって紋切り型だ。髪型もファッションも同じ、生活リズムも同じ。大学生は馴れ合うことが生きる全てなのかと思うくらいに、友達と常に騒いでいる。そこまで親交も深くない友達と講義を一緒に受け、講義が終わればそのまま別れ、また別の友達と喋りながら歩いている。そしてサークルがあればサークルメンバーと交友を深めている。まるで空気中の分子運動みたいに大学生は動いているようだ。自分にそういう「大学生」なところがないと言っているのではない。自分にも、帰り際には「お疲れー」と手を振って挨拶をする程度の友達は山程いるし、無意味にSNSで連絡を取り合う程度の友達も山程いる。ただ、大学生とはそういう生き物である。

 大学がそういう場所のお蔭で自分を見失うことは多い。自分と同じような紋切り型の学生を度々見ていると自分のアイデンティティが何なのか分からなくなったり、自分のプライベートスペースが分からなくなったりもする。今でも自分の存在が半信半疑になっている。自分は一体誰なんだ、どうして生きているのだと自問自答してそれでも必死に生きていかなければならない。

 ハッと思い、我に返って目をぱちくりとさせると午後の講義のために家を出るにはいい時間になっていることに気付いた。なぜか、手は湿っぽく、自分の存在を確かめるかのように頰に触れていた。


 残りの味噌汁を一気に口に掻き込み、茶碗と一緒にキッチンのシンクに置く。この狭っくるしいシンクではなかなか皿を洗うのは大変だ。学生用のアパートといえば、一昔前なら「〜〜荘」とか「~~寮」とかのような四畳半の木造アパートを想像するかもしれないが、近年の建築技術の進歩や不動産屋の台頭のお蔭で学生もそこそこ生活するのには充分な部屋に住むことができるようになった。それは好ましいことではあるが、このシンクは頂けない。建物の外見も無味乾燥で薄いベージュ色に統一されている直方体の箱。部屋の広さは八畳で生活しやすい広さではあるが、キッチンスペースが追いやられまないたを置く場所がほとんどなく、狭いシンクにはフライパンを入れるので精一杯だ。

 皿洗いはあとですることにして、歯磨きをする。風呂場の洗面台では狭いので、歯磨きはいつもキッチンで行うことにしている。最初の頃は、食べ終わった食器にめがけて歯磨き粉交じりの唾を吐き棄てることに若干の抵抗を感じていたが、いつの間にかそういった感情もなくなっていた。結局は、洗うのだから関係ないと。歯磨き後は、簡単に髪をかしてから、教科書や筆記用具の入ったバッグを手に取り、重い金属製の扉を開けるのであった。

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眼時計 @hatchy

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