第2話 午前9:45

 時間に縛られるのは嫌いだ。なので、目覚まし時計というものは生まれてから一度も使ったことも触ったこともなく過ごしてきた。時間に縛られるのは嫌いとは言っても、目覚まし時計がなかったら、自動的に自分の身体が時計代わりになってくれるので、基本的には時間に遅れることはない。と思っていた。目覚まし時計がなくても問題なく過ごせてきたのは、腹時計ならぬ眼時計が、起きる時刻になれば自分の目を自分で勝手にじ開けるからだ。今日を除いては。

 5:20に起きて二度寝したのが莫迦ばかだった。本日二度目の起床を出迎えてくれたのは、カーテンからこぼれてくる朝日であった。眩しい!自分の脳がというよりかは自分の目が、(科学的にいえば同じことであると思うが、)反射的に身体を起こしにかかった。

 家では、時間を確認するのは手間がかかる。まず目覚まし時計がない。それから、時間に縛られるだけではなく腕を絞めつけるのも嫌なので腕時計も持ってない。それから、この小さなアパートの壁を傷つけてはいけないと散々大家さんに忠告されたものだから、壁に釘を打ち込むわけにはいかず掛け時計もつけていない。(もっとも時間に縛られるのは嫌いなのでそれほど重要なことではないのだが。)というわけで、この家で比較的簡単に時刻を確認できるのはテレビということになっている。時刻を確認するならパソコンとか他の電子機器もあるがテレビが一番早く知ることができる。ベッドからのそっと重い身体を起こし、ほんのりと冷たいフローリングに素足を乗せ、ぼさぼさの髪のままテレビのリモコンを手に取りテレビをつける。とっくに朝のニュース番組から趣向の変わった情報番組になっており、あちゃーといった気持になった。わざわざ時刻を見るまでもなく遅刻したのは分かるが、念のため目を右下に落とした。ちょうど一限が一時間を回る午前9:45と表示されていて、諦めのムードになる。

 大学の授業なんてサボってなんぼという考えが世間に蔓延しているので、別にサボるのは特に何も思っていない。昨日だって午後からは自主休講して、アニメを一挙に観ていたくらいだ。(そのせいでこの時間に起きてしまったわけだが。)こんなにも落ち込んでいるのは、遅刻確定の起床に成功してしまったことではなく、自分の眼時計が狂ってしまったことだ。眼時計に全幅の信頼を寄せていたので、わざわざサボる必要性もなく、一限は必ず出席していた。朝のすがすがしい日光を浴びながら受ける授業というものははまると意外といいものだと思うようにもなっていた。自分の眼時計の歯車が狂い始めたのは今に始まったことではない。早朝だってそうだ。あんな中途半端な時刻に起きなければ遅刻をすることもなかった。何かがおかしい。まぶたが若干重いのと同時に身体全体がどんよりしている。眼時計だけでなく体の調子も狂い始めている。そう感じた。


 結局、一限は諦めた。もっと言うと、二限も諦めた。今から急いで家を出ても大学に着くのは一限が終わった直後だろうし、二限に急いで出席する気力もない。今日は午後から講義に出席しようと思って、テレビをつけたままシャワーを浴びることにした。

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