初めて出来た会社の後輩が、勇者系女子だった件

@emiya777

第1話 勇者系女子が後輩になりました

 それは春も中ごろ、少し夏の陽気も漂ってきたそんな時期でありました。

 いつものように私ーー田中太郎は休憩と称して喫煙場で一服迎えていたわけです。社会に出る前はタバコなんて害悪と思っていたのですが、これがなかなか旨い。避難用階段兼喫煙場でぷかーと空を見ながらやっていますと、ガチャリと入り口の扉が開いた音がしました。


「お、太郎じゃん。さぼりかー」


 なんて明るく声を掛けながら姿を現したのは小林先輩です。中年が差し掛かって髪に白が混じっていますが、歳は離れていますが何故か気があって、こうしてよく二人でサボっているのです。


「まあぼちぼちですね」

「ははは。だよな、サボりたくなるのも分かる。俺なんて見積もり今日までって言われててよー。メーカーは辛いぜ」

「残業お疲れ様です」

「ちくしょー……それよりよーそろそろ色んな会社に研修終えた新卒が入ってくる時期だよな。聞いたか?うちにも珍しく新人が来るって話」


 私達は地元中堅のメーカーではありますが、離職率が低く、また無理な業務拡大もしていないため新卒も中途もそんなに雇いません。しかしどうしても数年に一度、定年退職に伴う人員整理で人を増やします。

 私も三年前に選ばれた数少ない一人で、残念ながら後輩も同期も一人もいませんでした。


 「おお、遂に私に後輩が出来るんですね。それは嬉しいニュースです」

 「だよなあ。しかも…俺の仕入れた情報網に寄ると女の子らしいぜ」

 「それは嬉しいですね」


 うちは建設器具を全般に扱っていますので、どうしても乱暴な物言いや、無理な注文をされる会社もいます。だからこそ人事も男性優先で採用されているので、数少ない女性が増えるのはとても喜ばしいことでした。


 「新卒と言えばよー。ネットで面白いのがあったよな。面接で資格を聞かれてー」

 「死角ないです無敵です」

 「あはは、それそれ。そーんな奴。あれ、実際にいんのかなあ」

 「流石に…あと雷魔法が特技とか言う人ですね」

 「あったあった。あれ考えた人天才だよなあ」


 なーんて雑談をしておりました。

 その時までは笑い話だったんです。


 その、後輩ちゃんが来るまではーー



 「山田勇子と言います。勇者やってます。特技は雷魔法。死角ないです無敵です。どうかよろしくお願いします」


 そんなことを開幕に言われたのが噂の後輩ちゃんでした。

 新人の挨拶ということで出迎えたデスクーー業務課営業係と書かれたプレートが掲げられた部屋に集められた私を含めた十三人は、一同に顔を見合わせます。目が合った小林先輩が口パクで意見を言います。『これ笑うところ?』


 「あー。君達の動揺も分かる。しかしだね。彼女は勇者なんだ」


 何故か人事部長ではなく勇子ちゃんの隣に立つ肥えたお方ーー白い髭をどっぷり生やした我が社の社長が言いました。頭がクラクラしてきます。悪い冗談です。なんで新入社員が勇者とか言うんですか。これはドッキリですか?


 「違うんだ田中さん。本当に彼女は勇者なんだよ。実はね、この会社には魔王がいるんだ」


 退職願を書こうと思いました。いや、この場合は退職届ですね。遂に社長がおかしくなってしまったんです。そりゃ誰だってそーする私だってそーする。簿記の資格っていつ取ったんでしたっけ?


 「待ってくれ田中さん。違うんだよ。これは国家的なプロジェクトでーー運悪く私達が選ばれてしまったんだ。といっても冗談にしか聞こえないだろう。だからほら、勇子ちゃん、あれ。頼む」


 「分かりました、では雷魔法サンダインー」


 そんな言葉でバリバリと白い稲妻が彼女の手から迸りました。

 火花を散らしながら弾けた雷がデスクの周囲に散りました。

 これはドッキリじゃない。本物だー。私達はそう確信せざるおえませんでした。小林先輩は隅で感電していました。


 「今のが私の最上級魔法だと思いましたか…最弱魔法ですよ」

 「知らないよ」


 思わず私はそう言ってしまいました。


 「私は勇者の生まれ代わりです。故あって因縁ある魔王の生まれ代わりがこの会社にいることが分かりましたので、その正体を探す為にこの会社に入ることにしました。魔王が覚醒する前にその正体を探し、殺すことが私の使命です。魔王が覚醒すると世界がやばいので」


 やだこの子物騒。


 「百歩譲って魔王?とか言うのがいるとして、なんで入社する必要があるんですか。見張ってればいいのでは?」


 「勇子ちゃんは国から、県。県から、うちへ出向という形で体裁を取っていてのう。勿論二重の助成金や、特別補助。あと若干の口利きが」


 やだこの社長ゲスい。


 「こ、殺すだって!?そんな冗談じゃない。こんな会社にいられるか!俺は家に帰らせてもらう!」


 同僚の本名、魔王鈴木さんがカバンに手を掛けました。

 その瞬間勇子ちゃんの手から稲妻が迸り、魔王鈴木(注・本名)さんの天然パーマを更に個性的なパーマにしました。


 「ちゃんと早退するなら共有の出勤簿に申請しないといけませんよ先輩」


 後輩ちゃんはきちんと社内ルールを読み込んでいたようでした。

 しかし暴力を奮ってでも止めないといけないなんてどこにも書いてません。


 「勇子ちゃん?だっけ。魔法で止めちゃ駄目だよ。魔王鈴木さんが天然パーマを肥えてアフロ鈴木さんになってるじゃない。謝りなさい」


 「あ……魔王鈴木さんごめんなさい」

 「……」


 魔王鈴木さんは失神しているみたいでしたが、勇子ちゃんはきちんと謝れる子だったようです。私はホットしました。

 ともかくっと社長が言います。


 「これは冗談でもなんでもないんだ。国お抱えの魔術集団が予想した未来によると、一年以内に魔王を殺さなきゃ世界がヤバイんだ。しかし私達にも人権はあるし、虐殺すると与党の支持率が急落する。だからこの勇者の生まれ代わりの勇子ちゃんを使って、きちんと正体を見つけ、なんとか今国会で法案を提出し、衆議院と参議院を通過させ、特別措置法で法的に対処したい……それが首相の言葉だった」


 「世知辛いですね。じゃあ出向って形を取るのも」


 「野党が天下りって言って猛反発してな。きちんと仕事をさせてるって体裁を取らないと予算が下りないらしい。今は捩れ国会だからなあ」


 捩れ切ってしまえそんな国会。

 ともかくそんなこんなで私に後輩が出来ました。

 勇子ちゃんと私との付き合いは、それから一年続き。それは忘れられない一年となるのですが。


 それはまた、次の機会にお話しましょう

  



 

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