アンドロイドの妻
深水えいな
アンドロイドの妻
「そのアンドロイドと結婚するだって?」
俺はタカシの仰天発言に思わず声を張り上げた。
タカシは傍に座っている、黒髪の美少女の肩に手を回し、言い放った。
「ああ、そうだ。俺はミホを愛しているからな」
アンドロイドとの結婚を認める法律が出来てから早一年。
世も末だと嘆きながらも、俺はそんなことをするバカな奴がいるものかとどこか他人事でいた。
それがまさか、親友のタカシがアンドロイドと結婚するだなんて!
「でも、お前、子供とかは」
「人工受精でなんとかするさ」
確かに今は人工受精の技術も上がり、精子バンクも卵子の保存も盛んだ。
しかし本当にそれでいいのか。家族のあり方として、それってどうなの?
「でも、そいつはただの機械だよ。血の通った人間じゃないんだ。確かに見た目は美少女かも知れないが、世界中に、同じ顔の奴が何人もいるんだ、人形と同じさ。そんなのを、どうやって愛するというんだ」
タカシは少しムッとしたような顔をする。
「俺はミホの顔が好きなんじゃない。心が好きなんだ。俺は彼女を愛しているし、彼女も俺を愛している」
俺はわざとらしく大きな溜息をついた。
「それは愛じゃない。心なんかないんだ。ただのプログラムだよ。そいつはお前が気にいるような行動をするようにプログラムされている機械だ。お前が好きなんじゃない」
何とかこの血迷った友人を正気に戻そうと声を荒げる俺。
するとそれまで黙っていた美少女アンドロイドのミホは、切なそうに眉を寄せ、さめざめと泣き始めた。
「ヒドいですぅ……」
そんな顔を見ると少し心が痛む。が、騙されてはいけない。これも「悪口を言われたら悲しい顔をする」というプログラム通りに動いているだけなのだ。
「ほら、お前がヒドいことを言うからミホが悲しんでる!」
「悲しむもんか。アンドロイドに、心なんかないんだ!」
イライラしながら諭す。なんでこいつはこんなにバカなのか。
「あのさあ、ミホに心がないって、お前は言うけどさ、人間だって、遺伝子に多様性を持たせるために、自分の遺伝子に遠い人を好きになるっていうじゃないか。身内や家族を守りたいという感情だって、自分とよく似た遺伝子を集団的に防衛する本能からだって言うし、危ない目にあって心拍数が上がったのを恋と錯覚したりとかそういうのもさ、みんなプログラムっぽいな、って思うよ。俺たち皆さ、神様に作られたアンドロイドなんだよ」
俺たちが神に作られたアンドロイドにすぎないだって? だから、人間もアンドロイドも変わらない? そんな暴論を。
確かに、そういう一面もあるが、人間というのはロボットと違ってもっと複雑だ。理屈に合わない行動をとったりもする。
そう、それこそ、子孫を残すという観点から言えば、愛してもなんのメリットもないロボットを愛するなんて行為もその最たるものだ。
タカシは、なおも続ける。
「それに、ミホが例え俺を愛していないとしても、そんなのはどうだっていいんだよ。俺がミホを愛しているんだからそれでいいんだよ。お前が何と言おうと、俺はミホと結婚する」
「ああ、そうか。好きにしろ」
どうやらタカシの決意は固いらしい。俺はタカシの説得をあきらめた。
よく考えれば、別にタカシが誰と結婚しようが、俺に何か不都合があるわけでもない。好きにするといい。
「はあ」
思わずため息が出る。恋は盲目とはよく言ったものだ。
話が通じない相手を説得するのは、何と疲れることか。
俺はよろよろと自宅に帰った。
「おかえりなさい!」
一年前に結婚したばかりの妻のミエコが、パタパタと嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あら、あなた。顔が赤いわよ。熱でもあるんじゃない?」
疲れたからだろうか、確かに熱っぽい。あのバカを相手にしたから知恵熱かもしれない。
「今日は早めに寝た方がいいわ。ゆっくり休んでね」
妻が心配そうな顔で私を見る。やっぱり人間の妻はいい。まがい物とは違う。
タカシもあんな人形で遊んでいないで、俺のように真実の愛を見つけるべきだ。
俺は晩ご飯を食べ終わるといそいそとベッドに入った。
その晩、ミエコが誰かと電話で話している声で目が覚めた。
「……はい。熱があるみたいで。はい、分かりました。やってみます。ありがとうございます、スズキ先生」
ミエコは電話を切ると、俺のおヘソに指を入れ、腹の皮膚をおもむろにはがし、金属の蓋を開けると何かのツマミを回し始めた。
「よし、これで再起動すれば熱はさがるはずよ」
そう言いながら、お腹の蓋を元に戻すミエコ。
俺は金属に覆われた自分の腹を見ると、呻くようにして呟いた。
「ミエコ、俺は人間じゃないのか?」
ミエコはにっこりと笑みを浮かべ、こう言った。
「ええ、 あんたはロボットよ。私に出会う前の今までの記憶も、趣味や趣向、考え方も、全部、私がプログラムしたのよ。でも大丈夫、ロボットだろうが人間だろうが、私はあなたを愛しているからね」
やがて俺は再起動され、それまでの余計な知識や記憶は、闇の中へ葬られたのであった。
アンドロイドの妻 深水えいな @einatu
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