ひとりぼっちの家

田辺屋敷

1話完結

 あれは小学一年生の頃の話。

 少年は末っ子で、母も仕事に出ていて夕暮れになるまで帰ってこない。結果、一番初めに家に帰宅するのは彼だった。

 住まいはマンション六階の一室。なんの変哲もない部屋である。

 しかし少年にはその部屋に関しての秘密の決め事があった。彼は最初に帰宅した際、家族の誰かが帰ってくるまで明かりを点けず、また玄関へは振り返られないと決めていたのだ。

 何故なら、そこに何かがいると知っていたから。


 リビングにあるテレビは、ベランダに出る掃き出し窓の側に置かれていた。そのため、テレビを観るために体を向けると、必然的に掃き出し窓を正面にする形となる。そしてまた、玄関に背中を向ける体勢となるのだ。

 それはいつ頃のことだっただろうか。

 その日も少年が最初に帰宅し、いつものようにリビングでテレビゲームを始めた。普段どおりの時間。一人の時間が刻々と過ぎていく。

 ふと少年はテレビ画面から目を逸らし、何気なしに床を見た。床は日差しによって窓枠の形に明かされている。そして少年の体も照らされていた。

 当たり前の光景。何かに遮られた場所には影ができ、何もない場所は照らされる。

 しかしここで少年は気付いてしまう。

 少年が胡座を掻いた脚。そのすぐ側に、不自然な影があったのだ。

 太陽に照らされれば、必然的に背後に影ができる。よって、この場合は玄関の方へと影が伸びていかなければならない。

 しかしその影は、少年の背後――玄関から伸びてきていた。

 そこに、自然の摂理を無視した何かがいる。

 少年はぞわりと総毛立つのを感じたが、背後へと振り返る勇気が持てなかった。

 だから決まり事を作ったのだ。

 誰かが帰ってくるまで明かりを点けず、玄関へは振り返らない。

 これはマンショを引っ越すその時まで守り通された。

 果たしてあの影はなんだったのだろうか。

 それは今もわからない。

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