メシア
ねえ、助けて。
幸せになりたいの。
手綱を握る瞬間。
それは甘美。
獲物が葛藤するその一瞬の甘やかさが、私の脳髄を細やかに揺らす。
そぼ濡れた獲物の心をゆっくりと撫でれば、どんなにささやかな凸凹も露わになる。
そうと気がつかれないように。
けれども執拗に。
かすかな傷をこじ開ける。
剥き出しの核を晒していることすら気づかずに、私に懐くあなたが、愚かで愛しい。
あなたが私を訝しがれば、
私は自分の心の穴をわざと開示する。
間抜けな──けれど優しいあなたが、私の淵を覗き込む事を知っているから。
その淵に手をかけたら最期。
ジワジワと優しく包み込むように締めていく。
あなたの迷いこそが私の愉悦。
だからずっと「正解」はあげないの。
あなたは私が、おぞましい何かに捕らえられていると思っている。
見捨てたくても見捨てられないと、すでに自らがどっぷり埋まっている事にも気がつかずに、私を汚泥から引き上げようとしてくれる。
致命的な間違いね。
あなたが必死に振り払おうとしている、その汚泥こそが私そのもの。
あなたの息が止まるまで、ジワジワと苦しめて快楽を獲る気味の悪い生き物だというのに。
必死になってもがくあなたの顔を見つめるたびに、汚泥はどんどん広がっていく。
なんて、幸せ。
ここから抜け出せる方法なんて、あるわけない。
全てを絡めとり、深く深く潜る。
どこまでも深く、汚泥に沈めて潰すんだ。
逃げられないように。
離れないように。
ねえ、私。
足りない。
それでも寂しい。
ねえ、助けて。
幸せに、なりたいの。
詩集「夜間書庫」 ほしのかな @kanahoshino
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