夜話4 しにがみのこびと
僕が初めて小人を見たのは小学生の頃だった。
母方の祖父の家は北陸のある田舎町にあった。その祖父が急に倒れ、入院したため、僕は夏休みだったこともあってその田舎町へと母と弟の三人で行くことになった。父は仕事のため都内に残り、祖父に何かあった場合は母から連絡が行くということになっていた。
祖父の入院している病院へ行くと、その病室のすみに小さな虫のようなものが動いていた。近づいてみると、小さな人間だった。
「ねえ、ここに小さい人が居るよ?」
そう、母に訴えてみたが、母は「あんた、どうかしたの?何にもいないけど」と言う。
「居るよ!五人くらい居るよ!」
確かにいる。しかも、その小人たちは部屋の壁際を沿いながら陽気にテクテクと歩を進めている。
母は「もしかして気が触れたの?」と今度は心配しながら肩を揺さぶってきた。
もう僕は何も言わなかった。
それからしばらく、祖父の病室に居た。祖父はよほど具合が悪いのか、マスクのようなものを付けたまま、ずっと寝ていた。
その日の夜、祖父は息を引き取った。
次に見たのは、友達の唐沢君の家だった。
中学三年生の時だ。友人たちと唐沢君の家でテレビゲームをしようということになり、その家に行った時、廊下の端を、あの時と同じように五人くらいの小人がテクテクと歩いていた。
この時の記憶はそれほど昔ではないため鮮明で、普通の小人のイメージだと、洋風の可愛らしい服を着ているものだが、僕の見た小人は白い着物を着ていた。見た目は普通の人間と同じで、カッコイイ奴もいれば太ってる奴もいた。だがその顔は凍てついているように、無表情を貫き通していた。
小学生の頃は「小人」と言うだけで胸が躍っていたが、この時ばかりは「気味が悪いなあ」と感じ、あえて口に出すこともなく、気づかないふりをしてやり過ごした。
その次の日の朝、唐沢君が亡くなった。死因は不明だったが、おそらく急性の心筋梗塞だろうということだった。
そして現在。僕は21歳になった。親元を離れ関西の大学生として日々を暮らしていた。
小人は、中学生の時以来見ていなかったが、久しぶりに姿を現した。
僕は、あの小人は「死神」だと思っていた。でなければ、見た後であんなにすぐ人が死ぬわけがない。
「マジかよ」
バイト先から帰ってきた時、アパートの玄関を開けると、小さく動くものがキッチンの隅に見えた。
ゴキブリかクモだろうと思い、近寄ってみると、その小人が居た。テクテクと僕のベッドの方へと歩いていた。
言葉が出ない。
「死神が、来た」
僕は慌てて部屋を飛び出した。
発狂に近い状態だったと思う。
そして、その日は友人の家に泊めてもらったが、そこに小人は現れなかった。さらに次の日は別の友人の家に泊めてもらった。だが、ここにも小人は居なかった。
僕は「もしかしたら、あの死神は『人』を選んでいるのではなく、『場所』を選んでいるのではないか」と考えた。
死ぬ人の所を訪れるのではなく、その小人の場所にいた人が死んでしまうのではないかと。
僕はもう一度、アパートに戻ってみた。
小人は以前のようにキッチンの隅に居たが、この日は動いておらず、ずっと正座で座っている状態だった。
僕は「これはやはり、この場所に来て、なおかつしばらくとどまっていた人間を殺す死神なんだ」と考えた。そして、名案を思いついた。
近くの公園に居たホームレスの人に「旅行に行くので、タダで一泊、寝るところを提供します」と提案した。何人かは不審がって断ってきたが、五人目で泊まる人が決まった。
そう、自分ではなく身代わりを作ればいいのではないかと。
そのホームレスに鍵を渡し、アパートの前まで案内すると、嬉しそうに僕のアパートへと向かっていった。
僕は今から本当に隣の県まで行き、温泉旅館に一泊する。次の日もし、死体が見つかっても当然僕にはアリバイがあるし、犯人として疑われることはない。そもそも、ホームレスが勝手に留守中に忍び込んだと言えばそれで落着だった。
ただ、事はそうすんなり収まらない。
次の日、ホームレスは生きていた。むしろピンピンした様子で、厚く礼を言って帰っていった。
家の中をくまなく探してみた。小人の姿は消えていた。
僕は「小人はどこか違う場所へ移動したんだ」と喜んでいた。ホームレスは生きていたのだから、もう大丈夫なはずだと安心していた。
その日の夜。久しぶりに僕は部屋に戻った。やはり、寝慣れている自分の布団が一番いい。
部屋の電気を消し、眠りに落ちそうになった時、カサカサと言う音が聞こえてきた。
しかも近い場所からだ。しかし、近くに動くような物などは見当たらない。
「気のせいか」と思い寝ようとした時、掛け布団の中央辺りから、あの例の小人が飛び出してきた。
そう、小人たちはやはり、僕をピンポイントで狙ってきていたのだった。
そして、体を動かそうとしても自由が利かない。
金縛りのような拘束を解こうと必死にもがくが無駄な抵抗に終わった。
そして、五人の中の一人の小人が耳元までやってきた。
「はい、あと五秒後に突入。さよなら」
と言って僕のお腹の上でスタンバイを整える。
突入?
カウントダウンを終えた小人たちはいつの間にか持っていた小さい剣で僕のお腹を手術のように切り開き、一斉に僕のお腹へと飛び込んだ。
ここでようやく、僕は気づいた。
この小人たちは死神なんかじゃない。
小人たちは僕の…お腹の中で…暴れまくっている。
そうだったんだ、死を呼んでいたのではなく、小人たちは実際に人を殺す存在…だったんだ。
小人たちはお腹から上昇し、心臓へとたどり着くと、手にしていた小剣を心臓へと突き刺した。
螺旋夜話 冬野 俊 @satukisou
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