三
――森田少年曰く、彼女は中学のある時期から急に、いわゆる奇行が増え始めたそうだ。それまではこれといった取り柄も無く(森田君も素で酷いことを言うな)、特別目立つわけでもなかったが、校庭にミステリーサークル的な何かを描いたり、オタクっぽいクラスメイトに何か言い詰めたり、朝礼で何かやらかしたり、問題行動とまではいかないが奇異な目で見られるような事を度々行ったりと、そういったことを繰り返したために(もともと交友関係などほとんど見られなかったらしいが)クラスメイトには避けられ、噂され、中にはからかい、いじめまがいのことをする者もいたという。しかし彼女はめげず挫けず「何かの目標のため」に動いていたらしい。まぁ涼宮ハルヒを知る人たちは彼女の行動が何を意味しているのか大体分かっていたらしいが。
しばらくは出席番号順で生活していくという担任の方針によって、一ヶ月ほどは後ろに彼女がいる席で学校生活を過ごした。何度も話しかけたところで、どうにも彼女はまともに取り合ってはくれなかった。その間にもクラスメイトは互いに親密度を増していき、早いところでは彼氏彼女の関係に発展している者たちもいるようだった。浮かれやがって。
ひと月くらいして、クラスメイトはもうほとんど田中真由子に関わることはなくなっていた。一部の心優しいクラスメイト、或いはそういった類の偏見を持たない者たちは、彼女とクラスの一員として接しようとするのだが、生憎田中真由子の方がおそらく完全に見下している。これは本当によくない。自ら首を絞めてどうするのだ。普通にしていれば普通の生活ができる、それはおそらく間違いないのに、お前は一体何を求めているのだ。
涼宮ハルヒの救いは、本当に異世界人や超能力者がいたことだ。――とは言え、フィクションの物語にそれを言ってしまえば元も子もない。
つまり、現実問題として、ハルヒの救いであったのは、容姿がものすごーくよかったこと。恐らくそれに尽きるのだ。
田中真由子。涼宮なんかじゃもちろんなければ、
例えば、例えばだ。ハルヒのような思想に魂の芯から染まっていたとして、宇宙人や未来人や超能力者との邂逅を心から望んでいたとしても、おそらく周りと上手くやっていくことはできるだろう。あの自己紹介をどうしてもしたいのならば、その最後に「っていう台詞、分かってくれる人いたら仲良くなってくれると嬉しいです」とおどけてみせるだけで印象は随分と変わるはずだ。
しかし、森田ボーイの言う通り、そして観察して把握した通り、彼女は人との――いやおそらく〝ただの人間〟とのコミュニケーションを蔑ろにしている、見下しているのである。
「それではお待ちかね……なのかな? 席替えをします」
イエエエエとクラス中が沸く。率先して囃し立てるのは狭山。すっかりお調子者ポジションを不動のものにした。イケメン石川の彼女の金子は「彼の隣がいい~」とかなんとかホザいていやがる。特に恨みもないし石川も結構仲良いけどお前らは窓際最前列と廊下側最後列に分断されてくれ。俺が楽しい。
――しかし、田中真由子と離れてしまうのは少し残念だ。いや、少しどころではなく残念だ。だってまだまともにコミュニケーションを取れた試しがないのだから。ここ一ヶ月、彼女はほとんど誰とも会話をしていないように見えるのだが、一体全体どんな気持ちで学校生活を過ごしているのだろうか。心細くなったりしないのだろうか。実は普通の高校生活に憧れていたりはしないだろうか。別に手遅れでもなんでもなかった。だって最初の自己紹介を「東中出身の田中真由子です。趣味は読書で、特に『涼宮ハルヒ』シリーズが大好きです。これからよろしくお願いします」とかなんとかにしておけばその容姿的にクラスの中心になれなくても共通の趣味を持つ友達ができたり果ては彼氏とかできたりして楽しい青春を送れたかもしれないからだ。
故に俺は気になって堪らなかった。何故彼女があの自己紹介を行ったのか。
何よりもまず考えられるのは、単純に、涼宮ハルヒに憧れているから、ということだ。ターモリさんに聞いたところ実際に出身中学校が東中だったというのは幸か不幸か彼女を調子に乗らせてしまった可能性も無きにしも非ずで、加えてここは県立北高。北高。まさかとは思うがあやつ、この名前だけを求めてここに進学したのではないだろうか……なんてここまで決めつけるのはさすがに失礼が過ぎるだろう。とはいえそういった単なる偶然を自分の興味関心と結びつけるのは人間の性質であり、そんなものを時には運命だとかなんだとか言ったりもするのだ。
「ん……十一番」
席番号の書かれたくじを引く。番号は十一番。黒板を確認すると窓際から二列目、後ろから二番目の席だ。
さすがに、窓際後ろから二番目真後ろ田中真由子はないか……。
「おお……」
ところがどっこい田中真由子と隣の席になった。彼女は俺の右隣。つまり窓際から三列目の後ろから二番目だ。彼女はしきりに窓際最後列の女子生徒にきつい目線を送っている。分かるぞ、俺には言いたいことがとても分かる。
「また近くだな、よろしくな」
そう声をかけたが無視された。
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