繰り返す、ひとりぼっちのラグナロク

宮崎悠紀

4211224回目のやり直し  世界の未来はまだ決まらない

 9月1日。

 朝、起きたらまずやること。

 とりあえず、半径10キロメートルを更地にしておく。

 だいたい、町一つ分だ。それを全て消し飛ばす。


 何を馬鹿なと思われるかもしれない。

 でも、私にはそれが出来る。

 私には一カ月後、この世界の未来を決める権利を持てるかもしれないのだ。それくらいの力を持っていても当然だろう。


「うーん。良い眺め」


 家も木も道路も人も動物もいない真っ新になった大地に立つと目標がよくわかる。

 立体物は全て消し飛ばしたのだ。

 その場所に立っている者は私と同じ力を持っているということだ。


「あー、そっちの方が早く目が覚めたか」


 彼女はぐちゃぐちゃになった髪を掻き回しながら欠伸をする。

 立ちあがった彼女は大きく伸びて私を見る。

 

 髪は乱れており、その形は定まらない。ただ、長く量のあるそれは大蛇のようにうねっていても黒々とした艶やかな色を帯びている。

 顔つきは挑戦的に輝く目にまず魅かれる。小さな口をきゅっと結び、先ほどの寝ぼけた顔はどこへやら。凛々しい顔つきで私を見返す。

 身長も体つきも私とそう変わらない。平均的な女子高生と言ったところだろう。

 年齢も私と同じ十六歳のはずだ。だが、それは見た目から推測される年齢で正確に言えば違う。だって、私はもう何十万年という時間を過ごしているのだ。


「にしても最初にあんたと戦うのこれで何回目?」

「4211224回目」

「よく数えているよ。126336720日前か」

「そっちこそ」


 私と彼女は笑い合う。ここまでくると『敵』というより運命を共にした『戦友』だ。

 そう、今から一億二千六百三十三万六千七百二十日前にこの戦いは始まった。

 

 私に与えられた選択肢は二つ。

 一ヶ月後、この世界をそのまま存続させるか、任意の時間まで回顧するか。私に世界の未来を選ぶ権利が与えられた。

 だが、権利を与えられたのは私だけじゃない。今、向かい合う少女もそうだし、彼女の他にも何人も私と同じ権利を持つ者がいる。どれくらいいるのか、正確な数はわからない。


「なぁなぁ戦うのは飽きないか? 私は正直、飽きた。あんたを殺した所で他の候補者を殺せなければどうせやり直しだ」


「そうね。未来をどうするか選べるのかは一人だけ。私だけじゃなくて、私以外の全員も殺さないと終わらない。他に何人いるのか知らないけど」


 世界の未来を選ぶ権利を手に入れられるのは一人だけ。そのために戦い続ける。期間は一ヶ月。

 一ヶ月以内に権利を持つ他の少女を全て殺せれば未来を選ぶことが出来る。だが、もしも一ヶ月経っても二人以上残っていたら、公平を期すために『やり直し』となる。

 私は既に4211224回、この戦いを『やり直し』ている。


「で、自殺したいなら待っていてあげる」


 この戦いからリタイアする方法は基本的にない。殺されても『やり直し』となれば文字通り、一ヶ月前に戻され、もう一度未来を選ぶために戦うことになる。

 ただし、自分で自分を殺せばリタイアとなり、『やり直し』をすることはなくなる。


「はははは。もうここまで来たら、今更、全部忘れるなんて出来ないよ。これだけの時間を過ごした後の世界を見てみたい。そっちこそ、自殺する気はないんだな?」


「奇遇。今更、リタイアして日常に戻るつもりはない。ここまで来たら世界の命運を握ってやる」


「良い心がけだ」


 『やり直し』を続ける限り、記憶が途切れることはない。力も経験も全てが蓄積されていく。つまり、『やり直し』を覚えていられる。だが、リタイアすれば全ての力を失う。世界の未来を選ぶ候補者ではなく、ただの人間に戻る。そうなったら、『やり直し』を覚えていることは出来ない。


「自殺、する気ないなら殺してあげないとね」

「おうよ。かかってきな」


 朝の挨拶は終わりだ。

 私が想念力を右手に集中させるとそこに白亜の剣が現れる。

 想念力。

 それは簡単に言えば何でもできる力だ。

 武器を形成するのは基本で街を吹き飛ばずことも空を飛ぶことも何でもできる。この力で出来ないことはないのだ。

 私は想念力で形成した剣を一薙ぎする。おそらく、直線で百キロメートルは更地になった。これでもまだ指を振る程度の力だ。


「なぁなぁ、地球を割ったらどうなるんだっけ?」

「一ヶ月後、元に戻る」

「……面白くないよ、それ」


 彼女は天にいた。声は聞こえても姿は見えない。いや、目を凝らせば見える。想念力があればどんな物だって見通せる。

 宙に浮く彼女。大気を抜けて何もない空間。そこで想念力を重ね合わせて、巨大な槍を作っている。


「他の奴らも呼ぼーぜ。新しい面子がいるかも」

「みんなまだ寝ていたいんじゃない?」


 私は一歩だけ横に逸れる。

 その横を光が抜けていく。おそらく、彼女が作り出した槍だ。

 槍は地面を貫通して、地球の裏側で炸裂する。宣言通り、地球を割ったのだ。


「さぁ、月でも行こうぜ。ちょっと休憩したい」

「――いつも勝手ね」


 私は地を蹴り上げる。大きく揺れており、蹴りずらいことこの上なかった。

 彼女は私の頭の上で二本目を作っていた。

 これだけ派手にやれば候補者は全て集まるはずだ。


(本当ならそれで終わる話なのに、未だに終わらないんだよね)


 今回は彼女が地球を壊したが、私だってあれくらいは出来る。

 だが、こうして月へ移動して集まった者を皆殺しにしても『やり直し』は続いてる。


(宇宙くらい壊せるようにならないとダメなのかな?)

 

 世界の未来を選ぶ候補者が地球以外にもいるとは考えたくない。

 一体、一ヶ月まで宇宙の果てを駆け回れるようになるには後、何回やり直せばいいのだろうか。


(考えたくないかなぁ)

 

 ちらりと横目で見ると彼女は二本目の槍を地球へのトドメとばかりに投擲していた。

 力が付いたことは喜ぶべきことかもしれないが、最近はこんなことばかりしている。


(全くたまには普通に戦っても――)


 月まで一蹴りで飛ぶはずだった私の体が急に止まる。


「なに、これ?」


 腹から真っ赤な刃が顔を出している。その刃先から滴れる赤い液体。

 ――私の血だ。


「死にますよね?」


 背中に誰かいる。どうやら張られていたようだ。


「さすがにもう戦えないですよね? 今回で今度こそ、終わりですよね?」


 アホかと思う。

 振り向いて見た顔はなんとなく覚えている。

 力のない目。泣きそうに震える顔。自信のなさ、揺らぎが表情にはっきりと出ている。


「私、もう百回は越えました。もう嫌なんです。もう終わりにしてください」


 またアホかと思う。そんなことを私に訴えてどうする?

 しかもたったの百回。百ヶ月。十年も経ってない。

 それくらいで泣き言なんて、


「あーあ。でも、私もそうだったかも」

「えっ! 早く死んでください!」


 首を落とされた。

 終わりという認識はなかった。

 これで終われるのならばそれほど楽なことはない。

 どうせ、また――。

 



 9月1日。

 目が覚めるとまず、半径十キロを更地にされた。

 私が立ち上がると彼女が笑っていた。


「ははは。今回は私の方が早起きだ」

「421125回目?」


 一応、確認を取っておく。


「そうだよ。いやー前回は目の前で首切られたから思わず、笑っちゃったよ」

「久々に失敗した。でも、悪くないアイディアね」

「いや、何百回か見たよ。私も五十回はやられた」

「そう。私は初めてだったかも」

 

 想念力を使って思い出せば細かい数字も調べられるがそんな無駄で無意味なことをしたくはなかった。


「まぁ何にしても死に損なったのは事実だぞ。ようこそ、終わりのない世界に」


 少女はおどけたように言うが私は相手にしない。それよりも、


「アイツは? お礼参りに行きたいんだけど」

「おー怖。でも、死んだよ」

「死んだ? 自殺ってこと?」

「うん。もう耐えられないってさ」


 笑った。思わす笑わずにはいられなかった。


「百回」

「何が?」

「百回だって」

「あー通りで新顔だと思ったよ」

「弱すぎ」

「だよな」


 彼女もそこで笑った。

 私達は笑いながらようやく落ち着いて、


「でも、もういいかもね。私もそろそろ疲れてきた」


 ふぅーと溜息に似た息を大きく吐く。

 立っているのが妙に疲れてくる気がしてその場に座り込む。

 本当は寝転がりたかったが、背中に砂が付くのが嫌だった。シーツだけも残してくれればよかったのにと思わざる得ない。


「疲れたって、らしくないな?」

 

 彼女はニヤニヤと私の顔を覗き込む。


「もう充分ってことよ。これ以上はもういい」


 私が告げると彼女の顔から笑みが消える。

 それこそ彼女らしくない神妙な顔つきに変わった。


自殺リタイヤするのか?」

「――もう飽きたしね」

「そっか……」


 彼女も寂しそうに地面に座り込む。胡坐をかいて、両手で支えるように胸を反らして空を見上げる。


「止めないの?」

「辛さはわかっているつもりだからさ。古株はもう私とあんたと数人程度だろ」

「そうだね。私が死んだらあなたも後を追ってくれる?」

「どうだろう? 十回は様子を見ようかな? 耐えられなくなったら後を追う」

「そこはすぐにじゃないの?」

「嫌だよ。全て忘れたあんたを脅かして少し様子を見たい」

「悪趣味」

「それが楽しみだからね」


 私達はまた互いに笑い合う。彼女の気持ちは私もよくわかる。

 私だってきっと同じことをするだろう。

 いきなり現れて脅かして、因縁を付けて痛め付けても良いかもしれない。 どうせ、一ヶ月後には元に戻るのだ。その度に飽きるまでちょっかいを出すだろう。

 そういうことを考え出すと、リタイアするのが惜しくもなってくる。


「あーあ、やっぱりやめようっかな? なんかあなたにまた笑われるのは癪かも」

「どっちだよ。やらないんなら戦おうぜ」


 彼女は好戦的に誘うが、私は力なく首を振る。

 強がってももうそんな気分じゃない。ただ、名残惜しくて軽口を叩いていただけだ。


「……そっか……」


 私の気持ちを察したのか彼女は小さく溜息を漏らす。


「さてと、最後まで見届けてくれる?」

「いいよ。腐れ縁だ」

「世界一長いね」

「記録には残らないけどな」


 私は左手で想念力の剣を作る。

 この選別から唯一リタイアする方法だ。

 自分の力で、自分の想念力で死ねば全ての力を剥奪されて、元に戻れる。

 あの日常へ。


 日常とは今の私達とは別の世界だ。世界の未来を待ち続け、永遠にループする世界。力を失えば今の私のようにループを感知することも出来ない。

 毎日が新しく、過去に戻ることなく、未来に向かって歩き続ける日常だ。

 それが例え、同じ場所を永遠に回っているだけでも気づかなければ幸せのままだ。


 囚われの家畜。まさにその表現がぴったりだろう。枠の中にいれば決して気づくことはない。

 外の世界で凄惨な戦いが永遠と終わらないことに。

 世界の命運を決めるために少女達が何十万回と戦っていることを知らずに箱庭のような世界で同じ時間を繰り返し続けるのだ。

 それはまさに無知なる家畜だ。


 世界の真実を知る私から見れば囚われの生活だ。

 でも、もう無理だ。終わり見えない戦い。それを繰り返すのは限界だ。

 だから、楽になりたい。

 ループの外から中に入り、何もわからずに十月一日を待ち望む生活をしたい。


 だから、今、ここで死ぬ。

 私は剣を引く。

 候補者を殺せるのは候補者の力だけ。想念の力だけだ。

 この力だけが私達の命を奪える。

 どんな武器でも無力なのにこの力だけは私を普通の体に戻す。


 振るった剣の刃先は彼女の首を切り落としていた。

 私の首ではない。

 隣で神妙に話を聞き、私の最後を見届けようとしていた少女の首だ。

 右手でこっそり作った想念の力で切り落としたのだ。


「ばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああか! はははははははははははははははははははははははははははははは。騙された! 騙された!」


 私は笑いながら、転がる彼女の首を蹴り上げる。

 宙に舞い上がったそれは爆散した。


「私のこと笑ったお返しだよ?」


 言葉はもう彼女には届かない。お怒りの気持ちは次回に聞こう。どうせ、一ヶ月後にまた会う。


「さてと、他の候補者を殺しに行きますか」


 立ちあがり、私は大きく体を伸ばす。

 一ヶ月の時間は有意義に使いたい。

 地球を滅ぼすことを競う相手はまず消した。

 ならば『今回』は地道に狩っていこう。

 丁度、普通に戦いたいとも思っていた所でもある。大技は使わずに地道に一人ずつ首を落としていこう。

 

 リタイアは――まだしないつもりだ。

 ここまで来たのだ。世界の命運を絶対に握ってやる。

 存続か回顧か。それはまだ決めてないけれども。

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