とある狂信者のはなし



愛とは永遠だ。



昔の話である。

男は、黒い髪の女を愛していた。

ただの黒髪ではない。絹糸に夜闇を溶かしたかのような、一点の穢れもない美しい黒。触れることを想像しただけで、歓喜の渦が胸の内に巻き起こる。

瞳の色は蒼。澄み切った冬空のアイスブルー。自分の姿が映る瞬間を思い起こすたび、脳味噌が灼け焦げるような熱をもつ。

女は間違いなく、比肩し得るもののない、完璧な美の体現者だった。

しかし、男を最も魅了したのはその美貌ではない。

どこまでも強く、しなやかで、何物にも縛られない、例えるならば水の波紋のように捉えどころのない美しさーーー女の心のその有り様だった。

女は何物にも屈服しない。己の支配者は他ならぬ己のみと定め、それを変えることはありえない。

よって、男の愛は女の心に届くことはなかった。

女は決して男のものにはならない。

絶対に手に入れられない存在。

それでもそんな女を男は想い、胸に秘められぬほどの深い愛を捧げ続けた。


そしてその愛は、女が生を終えた後も枯れることなく男の心の内に湧き続けた。


これは、ただの昔話。


「キミも、いずれわかってくれるさ」


男はそっと硝子を撫でる。

固く仕切られたその向こうに浮かぶのは、淡い色の液体に身を委ねた人間だった。

無数の液胞に揉まれ、揺らめく黒髪を眺めながら、瞼の奥に隠されたアイスブルーを想う。


「ーーー触媒は揃ってる。術式に狂いはない。なのに」


この身体には、魂がない。


「これではただの人形だ。やはり遺骸の一部だけでは限界が生じるのか」


拳を握り、硝子の向こうで眠る女に優しく微笑みかけた。


「安心してくれ。必ずキミを取り戻すよ。どんな手を使っても、キミをこの世に呼び戻す。ボクはキミを愛してるんだ。キミに会うためならなんだってするさ」


そのために必要なものを思い浮かべる。


「あの魔女狩り気取りの忌々しいケダモノを使う手もあるけどね。やっぱり遺伝的に近しい者の方が術の成功率も跳ね上がるだろう」


だから、と男は続ける。


「ーーーキミの息子を使おうか」


男は嗤う。自分の目的のためなら、幼子とて使わせてもらう。


なんだって許されるさ。


だってボクは。


「キミを愛しているんだからね、サヤ」


人形は応えず、眠り続ける。



歪んだ愛が、行き着く先まで。


ただ、眠り続けるのだ。


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BLACK短編集 燈木みかん @mikan1020

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