BLACK短編集

燈木みかん

とある殺人鬼のはなし



殺すのは好きだけど、殺し合いは嫌いなんだ。だって、殺すだけなら君が死ぬ。それだけだろう? 殺し合いだと、君か、ぼく。もしかしたら2人とも死んでしまうかもしれない。それは良くない。それってとても良くないことだよ。一度に人が2人も死ぬ。それってとても悲しいことだよ。


殺したいんだ。ぼくはきみを殺したい。息の根を止めたい。愛しいきみの身体からどうしようもないほど血が溢れて呼吸がか細くなってやがて少しも動かなくなるその過程を見届けたいんだ。それだけなんだ。愛なんだ。ぼくにとっては、愛。歪んでいるのかな。ぼくは。歪んでいるなら、もうどうにも出来ないのかな。


だれかわかってくれないかな。どうしたらわかってくれるのかな。理解者が欲しいよ。ぼくの考えに共感してくれる人はいないの? 悲しいよ。悲しいな。とても。ひとりぼっちだなんて。ひとりぼっちはいやだよ。悲しい。悲しい。悲しい。



今、目の前で必死に命乞いをする君を見逃すことで、ぼくは何を得られるだろう。



この衝動は本質的なものだ。性欲、食欲、睡眠欲。人間なら誰しもが持つ三大欲求。これは実にそれらに似ている。善と悪、何が正しくて何が間違っているのか、そんなこともまだ知らない幼い頃、ぼくは気付いた。壊したい。殺したい。人が食事をするように。人が睡眠を欲するように。人が誰かと性交するように。殺して、殺して、壊したい。それがぼくのすべてだ。本質にきざすものだ。視界の端に玩具を見つける。かたちあるものだ。ぼくはそれが壊れる場面を想像する。ゆっくりと、ゆっくりと、かたちあるものはやがてかたちを失う。ぼくの胸は高鳴る。想像は欲求に変わる。本能と欲求は切り離せない。深い、深い場所で混然一体となっている。そのどちらにも忠実なぼくの身体は、すなわち、それを成すだろう。


そうやって、ぼくは、壊す。

そうやって、ぼくは、殺す。

そうやって、ぼくは、失う。


わかっている。きっとぼくは異常だ。少なくとも、正常からはずっと遠い場所にいるのだろう。

だって、ぼくはきみをこんなにも愛しているのに、壊したくて、殺したくて、たまらないんだ。だけど、ぼくは本当はいやなんだ。ぼくに愛を囁いてくれた唇が、ぼくを恐れ、ぼくを傷付ける言葉を吐き出す瞬間のことを考えると、この胸が引き裂かれそうになるんだ。


愛おしくて、壊したくて、たまらないんだ。




気付くと雨が降っていて、ぼくは一人で佇んでいた。ひとり。つまりぼくはまた壊してしまったのだろう。

やだな。

ひとりなんて、慣れたくないのに。


ふと、雨に混じって、声が降ってきた。


「ーーーおや」


いつの間にか俯けていた顔を上げると、目の前に立っていたのは道化師だった。

道化師はぼくを金色の瞳にしっかり収めると、唇だけ歪ませて、嗤った。


「これは、面白い拾い物だ」



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