地獄

あー

第1話

 地獄に一人の鬼がいた。鬼といっても、それほどたいそうなものではない、頭に角も生えているわけでもなければ、体の色も赤くはないし、青くもない、昔話に出てくるような筋肉質で巨大な体つきをしているわけでもないし、金棒も持っていない。ごく普通の中年男といったところである。

 そんな中年の鬼にさっそく今日の仕事が入る。

 「おい、本部から連絡が入った。若い5、6人ほどの男女だ。すぐ現場に行ってこい」。先輩の鬼が言った。中年の鬼は、「はあ・・・」と深いため息をつきながら現場へと向かった。

 現場に着くと、本部からの情報通り、やはり5、6人の若い男女が群れをなしてやってきた。中年の鬼は連中に向かって言った。

 「お前らが地獄に運ばれてきた連中だな、よし、さっそくそこの針の山へ登れ、地獄へやってきたものは、みなそうしてきた。お前らは生前、悪いことをしてきたのだから、その罪を償うのは当たり前だ。時間がいくらかかるかはわからないが、罪を償いさえすれば、必ず人間界へ戻ることが出来るのだ。わかったか、ならばさっさと針の山に登れ・・・」

 中年の鬼は、若い連中に針の山へ登ることを促した。しかし、若い連中に反応はなく、その場から一歩も動こうとはしない。

どこか悲しんでいるような、冷めているような目でこちらを見ているだけだった。

 「どうした?何故登ろうとしない?」それに対し、若い女が答えた。

 「だって、私たちもう二度と人間には生まれかわりたくないと思って集団で自殺したんですもの、今更、そんな痛い思いをして人間に戻りたくはないわ」

それを聞くと、中年の鬼は頭を抱えて思った。

 また、集団自殺か、しかも、もう人間に戻りたくない思考の持ち主という、地獄では一番扱いに困る奴らだ。

 しかし、扱いに困るからといって、このままこの連中をほうっておけるほど、地獄は甘くはない。

 この地獄での鬼の役割は、ここにきた人間を針の山にのぼらせることなのだ。地獄行きとなった人間が、初めて送られることになる場所が、ここの、針山地獄であり、この針の山を越えていってくれなければ、のちに続く、血の海地獄、灼熱地獄などで人間を待っている他の鬼たちに、迷惑がかかる。

もし、こういった連中をこのままにしておいて、他の地獄に人間がこなくなり、その原因が針山地獄を担当する鬼の職務怠慢ということが発覚すれば、その鬼は、どんな処分を受けることになるかわからない。文字どおり、地獄にいくよりもひどい目にあわされることになるかも知れないのだ。

 中年の鬼は、さっきよりもやわらかい口調で若い連中に話した。

 「君たちがどんな事情で自殺したのかはわからないが、どうあっても、地獄では、はじめに針の山にのぼることが義務づけられているのだよ、残念ながら、今の死後の世界の法では、自殺した人間は例外なく、地獄に運ばれることになっている、そして、地獄に初めて足を踏み入れた人間は、まず、この針山をのぼってもらうことになっている、これもまた死後の世界の法で定められたことなのだ、私も初めてここにきたときは、のぼらされたのだ、しかし、安心してほしい、今の針山は昔と違って、針の先端にゴムコーティングが施され、素足でのぼってもいたくないよう加工されている、つまりは、痛くないというわけだ、少々体力はつかうかもしれないが、体の衰えた老人にものぼりやすいように、何度も工事してある、まだ体の若い君たちには

十分越えていける山というわけだ、もっとも、のぼってくれないとなると、私が処分をうけ、恐ろしい目にあわされてしまうのだ、たのむからのぼってくれ・・・」

 中年の鬼は、身の上ばなしを持ち出しながら、若い連中に言った。それをうけ、若い連中のなかの男がいう。

 「そんなもの、私たちには関係のない話です、第一、私はそういったあなたのように、仕事を強要する上司がいやで、自殺に至ったというわけなのです、死んで地獄にきてからまで、そんなことを強要されたのでは、たまったものではありませんよ、本末転倒というわけです、どうしても私たちを針の山にのぼらせたいのならば、ちからづくでものぼらせてみたらいかがです」

 と言われても、若い連中の男たちは、中年の鬼よりだいぶ体格がよく、ちからづくでのぼらせようにも、とてもそれができそうになかった、一対一でも、むずかしそうなのに、集団相手とあれば、なおさら無理がある。逆にこちらがやられてしまいかねない。中年の男が考えているうちに、若い連中は、針山のほうとはべつのところへと歩き出してしまった。中年の鬼に、とめるすべはなかった。

 

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