第5話 鉄火場

 階段を昇ると、男達がいた。

 家の壁に大きな穴が開いている。向こうには大型のバンがあった。バンで壁を破ったらしい。

 一人は、大きなナイフを腰に差し、手にプラズマガンを持っている。これが男達のボスだった。ラテン系の白人であり、細い目をして、髪を真ん中で分けていた。残虐で冷酷なナルシストの雰囲気を漂わせて、金のチェーン・ネックレスがそれを数倍にまで膨らせていた。映画スターになれるほどの顔立ちであることには間違いなかった。戦争後の街並みには似合わない、高級な黒スーツが月の砂で灰色に薄汚れていた。

 男はナイフを抜いた。月の沙漠のように流麗な模様を持つ、ダマスカス鋼で打たれた刃に、樫の木でできたグリップ。それは数十センチもあるナイフだ。そこに小さく、Antonioと彫られている。ポケットの中には、折りたたみナイフが入っている。ナイフを好んで、敵を切り裂いてきた人種だ。相手が拳銃を抜くより先にナイフで飛びかかって、刺し殺す。撃たれても、衝撃力が少ないエネルギー銃では突っ込みきれる。

後ろの一人の背丈は2メートルと20センチ。体重が160kg。全身が筋肉の塊のようなスキンヘッドの大男だ。鉄火場に素手で乗り込む男だった。目の前のアントニオが子どものように見えるほど、男は大きかった。重パワードスーツと素手で立ち向かえるような肉体をしている。

他の7人の男達は、ちんぴらだった。しかし、月の重力の軽さを生かした、分厚すぎる防弾プレートを入れた、ボディアーマーをつけていて、手には拳銃型のコイルガンやレールライフルを持っていた。胸にナイフをつけている。それを全て、マックス達に向けていた。

3人がコイルガン、3人がレールライフル、1人がニードルガンを持っていた。

コイルガンはマガジンの中にバッテリーと弾頭が納められていて、コイルの中に入れた弾頭を電磁力で推進させる。

レールライフルも同じような機構のマガジンだ。二本のレールの間に弾頭を挟み、それでフレミングの左手の法則で弾頭を打ち込む。エネルギー効率はコイルよりいい。ニードルガンは、圧縮ガスで大量の針を撃ち込む。ナノマシンが封入された針が飛び、ナノマシンで相手の心臓を止める。

その重いボディアーマーでは、マックスのM57拳銃どころか、M300ライフルのフルメタルジャケットですら受け止める。

「よくも俺の弟の腎臓を潰してくれたな。借りはしっかり返すタチなんだ、俺は」

「手加減したはずだ」

「これだから、地球育ちはクソッタレなんだ。イホ・デ・ピュータ」、スペイン語圏では最大級の下品な侮辱を、アントニオは口から吐き出した。

「わかるか、アメリカーノ。売春婦の息子め、って意味だ」

「知ってる。だからなんだ」

勝ち目はない。側頭部にも銃を突きつけられた。マックスとケンは銃を捨てた。マックスならこの状況をぎりぎり切り抜けられるはずだが、ケンが撃たれる。

「女はどこだ」、アントニオは言った。

「かわいこちゃんのアソコをこのナイフで切り裂いてやる。娼婦にして、弟の腎臓代を稼いでもらおうか?下手なセクサロイドよりも、生身のが高く売れる。オーガニックは人気があるんでね。俺の組織は、生身の女がウリだ。外見とベッドの上での技術はセクサロイドのが上なんだが、そこら辺は最近の加工技術があれば簡単だ。すぐに絶世の美女美少女、最高の床上手に生まれ変われさせることが出来る。もちろん性器の中には神経を直に刺激してヘロインより強烈な快楽を発生させる機械を埋め込むし、顧客の要望さえあればその場でシチュエーションを作るために脳の記憶もいじれるようになる。もちろん女の体の方は耐えられないから、段々パーツを機械に換装してくことになる。最期には完全なアンドロイドになる。使い潰すもんか、大事な商品だからな。性産業とは世界最古の商売だ。いつの日も需要は絶えない」

 アントニオは壁にナイフを突き立てて、にやりとした。

 アントニオは、後ろの大男を振り返った。

「こいつは木星でヘリウムの採掘基地で働いていたのを連れてきたんだ。採掘基地は基本無人だが、メンテナンスのメンテナンスのメンテナンスは必要なんだ。ボディガードの大男が欲しくてな。木星は重力が地球の3倍近くあって、何もしなくてもトレーニングになるんだ。俺はこいつ以上に力のある人間を知らない」と、アントニオが言った。

 大男が近寄ってきて、マックスに握手を笑顔で求めた。

「アロー、ミスタ」、スペイン語訛りの英語を彼は話した。

 マックスは怪訝な表情で、手を差し伸べた。他の男達は銃をこちらに向けたままだった。

 大男がマックスの手を握り締めると、マックスは苦痛に顔をゆがめた。恐ろしい握力だった。

 男はマックスから手を離した。マックスのみぞおちに強烈な右膝を食らわせた。そして服とベルトを掴んで肩の上に持ち上げて、背中を床にたたきつけた。

「おい、殺すなよ。カルロス。そいつは俺がナイフで殺す」

 カルロスと呼ばれた大男はマックスの胸に足を置いて、天井を見つめていた。そして冷蔵庫まで歩いて行って、中の牛乳のパックを飲み干した。オレンジジュースのボトルも飲み干し、冷えたピザをそのまま食べて、生肉をパックから食べた。冷蔵庫が空になった。

「もっとないのか?食べる物は」

「食い過ぎなんだよ、食費がお前にどれだけかかったと思ってる」、アントニオは笑った。

 カルロスはケンに近づいていった。カルロスはその大きな靴底を思い切りケンの腹に食らわせた。

 ケンが吹き飛んでいった。

「このぐらいだろ」、カルロスは笑った。

「その通りだ」、アントニオはナイフを抜いて、両手を広げた。

「そうだ、カルロス。いっちょこいつと喧嘩をしてくれねぇか。久しぶりに骨がありそうな奴だもんな。こっちにあがってきたって言うことは、あの南米連邦の特殊部隊崩れと、韓国人を殺っちまったってことだもんな。なら、お前が本気を出せる相手の筈だぜ」

「それはいいな」、低いうなり声のような声だ。

「そろそろ誰か殴り殺したかったころなんだ」

 カルロスはその大きな体を立ち上げ、マックスのほうへ歩いて行った。

「ちびっ子め」、カルロスは呟いた。180を越えるマックスが子どものようだ。

 カルロスがいきなりお辞儀をするように、マックスに頭突きを食らわせた。

 マックスがよろめいて、ぐらりとした。

「おら、次はお前の番だ」、カルロスが言った。

 マックスはカルロスの股間を蹴り上げた。

 カルロスは額に青筋を立て、顔を真っ赤にして、マックスを思いきり殴りつけた。

 マックスは脳がぐらりと揺れ、膝をついた。

「股間はなしだろ馬鹿野郎」

 カルロスは少し離れて、跳んだり跳ねたりを繰り返していた。

「おいおい、カルロス。油断しすぎじゃねえか」

「ああ、くそったれ」

 カルロスはその後すぐに構え直した。

「立てよ、マックス。来い」

 マックスは立ち上がって、構えた。カルロスも構えた。

 カルロスが左と右の拳を交互に放った。マックスは左手で払い、左肘で右を受け止めた。

 そしてすぐに右のつま先でカルロスの膝の皿を蹴った。カルロスはうめいて、つんのめった。

 マックスの右の指先がカルロスの左目を強く突いた。カルロスが腰を曲げて、目を押さえた。マックスはそのまま右で張り手を鼓膜に食らわせて、カルロスの鼓膜を破った。マックスが拳をカルロスの後頭部に落とした。だがカルロスは倒れない。

 カルロスはそのまま突っ込んで、マックスの腰を両手で捉えた。

 マックスは肘を肩胛骨の上に何度も落としているが、かけらも効かない。そのまま壁に押しつけられた。カルロスは前腕をマックスの気道に当てて、押し潰そうとしている。

 カルロスはマックスに頭突きを食らわせようと、背を反らした。その前にマックスが膝を振り上げて、カルロスの股間に食らわせた。カルロスは唸りながら離れた。

 マックスが思いきり右フックを顎の横にはなった。次に左、また右。カルロスは少しもよろめかなかった。マックスがよこざまに膝の皿を思い切り蹴りつけた。

カルロスの体が傾いた。傾いただけだった。苦し紛れにはなったカルロスの左アッパーがマックスの顎の下を捉えた。マックスが吹っ飛んで、背中に壁をぶつけた。

「こいつ、俺の鼓膜を破りやがった」と、カルロスが叫んだ。

 マックスは構えた。

「次は目か玉を潰す」と、マックスは言った。

 カルロスも構えた。カルロスが左でジャブを放つと、マックスは止めた。またジャブ、止めた。右がマックスの顔に飛んで来た。マックスは屈んで避けて、左の指を直角に曲げた掌を打ち込んだ。カルロスの顎が上がって、目が指に入った。次に右の開いた手が、カルロスの喉を突いた。筋肉で喉仏は砕けなかったが、激痛を与えるには充分だった。左の拳が顎をさらに下から突き上げた。右の張り手がカルロスの脳をゆらした。マックスはカルロスの両手を両手で掴んで、小指と薬指をへし折った。これでパンチは打てなくなったはずだった。次に、左の張り手を食らわせて、カルロスの右の鼓膜を破った。そのまま両耳を掴んで、頭を下げさせた。右膝を顔面に叩きこんだ。カルロスの鼻が潰れた。五発目で耳の一部が千切れた。マックスが後頭部に肘を落とした。そのままマックスは倒れ込み、上からカルロスを押さえつけた。カルロスの頭頂部に延々と膝を入れ、肘で肩胛骨や脊髄を打った。

 常人ならもう喉を突かれた時点で死んでいたが、カルロスは強靱なタフガイだった。カルロスは腕立て伏せのように立ち上がって、マックスの腰を持った。

「おい、冗談だろ」、マックスは呟いた。

 マックスを背中から思い切り床にたたきつけた。

 マックスの肺から息が噴き出して、カルロスはマックスの股の間に入った。マックスはカルロスの胴を足で挟んだ。

 カルロスが拳を顔面へ飛ばした。マックスは頭に掌をつけ、両肘で防いだ。マックスの顔は引きつっていた。カルロスは両方の拳を振り下ろし始めた。一撃でももらったら終わりだ。カルロスはマックスの両手首を掴んで、思い切り頭突きをした。額で受けて、ぎりぎり鼻を折られるのを防いだ。次にカルロスはマックスの頭を両手で掴んで、後頭部を床にたたきつけた。頭部が砕けそうだ。人間の頭蓋骨は21世紀の素焼きの植木鉢程度の堅さしかないので、地面が固ければ柔道のどんな寝技よりも早く相手を死に追いやれる。マックスが指を揃えて、目を突こうとした。カルロスは今度は食らわなかった。マックスは意識が遠のき始めた。頭部の骨にはひびがはいりそうになった。

「おいまて、カルロス、やめろ。俺がやるって言っただろ」、ボスが叫んで、カルロスの肩に手を置いた。カルロスは渋々立ち上がって、手を離した。マックスは意識がもうろうとしたまま、寝転がったままだった。

 ボスの右手には銀色に光る大型のナイフが握られていた。左にはプラズマガン。

 ボスはマックスにモーゼルのような形をした、金色のプラズマガンで狙いをつけ、撃った。

 マックスの皮膚に焼け焦げるような痛み。非殺傷モードだ。それを10発ほどマックスの腹に打ち込んだ。

「くそっ、片目が見えねぇ。それに片耳も聞こえないし、膝もいてえな。なんて奴だこいつは」、カルロスが呟いた。

 アントニオはマックスの襟を掴み上げて、ナイフの柄の底で顎を殴りつけた。

「簡単に殺してやるものか」、アントニオはまた柄で殴りつけた。

「金が貴様のせいで」、また頬を殴りつけた。

「かさむんだ」、頬を横に刃で切りつけた。

 表情を変えずに殴り続けていたアントニオは立ち上がって、倒れているマックスにつま先を食らわせた。

「どう殺してやるか、ああくそっ。ったく、女はどこだ。マルコフ、ワン、モハメッド、下を見てこい」

 マルコフ、ワン、モハメッドと呼ばれた三人の男は、階段の下へと降りていった。

 アントニオは血のついたナイフをもって、机で血を拭った。

 マックスは呼吸を整えて、意識をまともにしようとしていた。

 この場にいるのは、ナイフ使いが一人、大ダメージを負った大男、それに銃持ちが四人。

「穢れたナイフ。俺のナイフは何十人もの血を吸ってきた。ナイフは静かなのが気に入っている。リコイルはうるさい、エネルギーは熱いし、信用ならん」

 アントニオはマックスを見つめた。

「お前の目は死を恐れていない目をしているな。まだ自分が生き残れると思っている。確かに生き残れるかもしれない。しかしその目は、生き残れると言うだけの目じゃない。お前の目は死を受け入れている目をしている」

 落ちかけていたマックスの瞼が少しずつ開いてきた。マックスは立ち上がって、頬を拭った。四人の兵隊が、マックスに銃を向けた。

 アントニオは長い溜息をついた。

 気絶していたケンが目を覚ました。ケンは目の前の状況を確認すると、兵隊が三人減っていることに気がついた。そしてマックスがぼろキレのようにされている。

 ケンは立ち上がって、兵隊の一人に飛びついた。兵隊のホルスターから拳銃型のコイルガンを抜いて、兵隊の一人の額を撃ち抜いた。男の頭ががくりと後ろへぶれて、ゆっくりと仰向けに倒れた。後頭部を打ち付けた男の頭が一度地面でバウンドして、体中が痙攣していた。

 男が倒れ終わる前にコイルガンを元の持ち主のこめかみに突きつけた。

 額を撃ち抜かれた男の後頭部から脳味噌と少しの血が流れていた。

「銃を捨てろ」、ケンは叫んだ。

「おい、やめろ」、マックスは目を見開いた。

 アントニオは溜息をついた。

「じいさん、無茶はやめろよ」、アントニオは残忍な薄笑いを浮かべた。

 銃を突きつけられている兵隊の瞼と口が痙攣するように小刻みに震えた。

「ボス、やめてください」、兵隊は言った。

「油断しているお前が悪い。それもマリアの思し召しだ。お前は俺にとって重要な存在じゃなく、数あわせだ」、アントニオは呟いた。

 アントニオは違う男に抱きついたかと思うと、一気にレールライフルを乱射した。アントニオとカルロスがすかさずバンへ向かって走り出した。

 兵隊ごと、ケンが蜂の巣になった。マックスはケンを見ていた兵隊に横から飛びついて、ライフルを握った。兵隊も振り向いていたので、正面で正対する形になった。

 マックスは兵隊に頭突きを食らわせて、鼻を折った。足の底を腹に当てて、ライフルを奪いながら蹴飛ばした。そのままライフルで、兵隊を撃った。しかしボディアーマーでライフルが防がれ、兵隊がそのままマックスのライフルにむしゃぶりついた。

 兵隊とマックスの頭突きの我慢比べのように、そこら中を動き回りながら、動いていた。

 もう一人のギャングは全ての出来事にあっけにとられたまま、銃を持って立ち尽くしていた。そして我に返ると、ライフルを手放して、ナイフを順手で持ちだして、機会を狙っていた。

 マックスが兵隊の足の裏に足をかけ、押し倒した。マックスが額を男の潰れた鼻に叩き込むと、次に肘を顔面に打ち込んだ。

 そしてナイフを男のシースから逆手で抜き、首に刺して、抜いた。頸動脈から噴水のように血が吹き上がった。マックスの顔が血に濡れた。

 マックスが立ち上がり、もう一人のギャングと構え合った。ギャングの顔は引きつっていた。

 男が右斜め上からマックスを切りつけようとした。マックスはナイフをナイフで受け止めると、すぐさま切り返した。男の手の甲に一文字の傷。男がうめいたが、ナイフは放さなかった。左斜め下から、ナイフの切っ先で刺そうとした。

 マックスは男の腕を腕で受け止め、腕をくるりと回して、相手のナイフを腕に引っかけて、ナイフを捻り飛ばした。スネーク・ディスアーム。フィリピンのナイフ術の技だ。そのまま相手の手首の内側を切り上げた。そして二の腕を切った。そしてボディアーマーの開いた場所の脇を刺した。両腕で抜いて、最期に首に刺して、肩を押さえながら引き抜いた。

 男の頸動脈から鮮血が噴き出して、首を押さえながら倒れ込んだ。

 マックスは背後を振り返ったが、もうバンはどこかへ消えていた。

 マックスはM300ライフルを拾い上げ、ケンを見つめた。一瞬だけ目を瞑ると、階段を駆け下りた。

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