どんぐりころころ

宇呂田タロー

どんぐりころころ

 あんた、『どんぐりころころ』ってぇ歌は知ってるかイ?

 ホレ、池にはまっただの、どじょうが出てきてこんにちはってェ、あの童謡さ。

 あれで変に思ったことはないかい?

 だってよ? 『お池にはまってさぁ大変』っつってんのにだ、『一緒に遊びましょう』てな戯けたことぬかしやがんだぜ?

 まァ、実際ントコ、それにゃちょいと事情があってだな……

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 チン、トテ、シャン、ってナぁ三味線の小粋な音が、だ、夜の街を彩ってた時代ってェのが、ついこの間まであったのヨ。そんな色町にゃぁ、遊びの玄人もいりゃ素人もいたわけだナ。

 遊びの玄人てのァ、楽しみ方は心得てやがるし、引き際もしっかりしてる。素人は引き際ってのを知らねェ。雑把に言や、そんな違いよ。

 で、だ。遊びの素人ってのの方に、『ドングリの坊』ってナあだ名をつけられた若造がいたのよ。

 『栗林団五郎』ってなふざけた名前だったからナ。ついでに、親父の会社の金をさんざんっぱらばら撒いているような放蕩息子でヨ。そりゃァ、そんなあだ名もつけられらァね。

 で、そのドングリの坊がだナ、その、こう芸子さんを何人もお茶屋にこう呼びつけて、だ。 毎晩毎晩、チントンシャンチントンシャンと、そりゃァま、楽しく遊んでいたわけヨ。

 それこそ、坂道を転げ落ちるドングリのごとしってな。コロコロコロリ、スッテンバッシャンと夜の世界にハマっていっちまったわけだな。


 そんなドングリ野郎、親の金に飽かせて散々っぱら女を侍らせてたワケだがヨ、中でも特に入れ込んじまったってェのが、『お池』ってぇ名前の芸子さね。

 そのお池ってのがナ、鼻筋がこうシュッとしてて、芸も達者。そりゃァもう、○○小町ってぇなあだ名がつくような小粋な女だったわけだ。

 そんな『をんな』とだヨ? ドングリのボンボンが出会うってェと、だ、予想通りさね。『ハマっちまう』わけヨ、『お池』にさ。


「お池め、このこの、愛いヤツめ。小遣いをやろうぞ。近う寄れ、ほれ、ほれ」


 なんてぇ古臭い誘い文句で酔いどれりゃ、


「ドングリの坊ちゃん、あきまへんえ……ウチはこないなことされんでも、坊ちゃんのをんなです……」


 てなことをしれっと返す。ボンボンのガキにゃァ、何段も上の相手だったことァ確かだな。鼻の下をだらしなくデロリ~ンってな具合に下げちまってよ。情けないったりゃ、ありゃしねぇネ。


 さてと、ところで、だ。何を隠そう、このお池を紹介したってのが、その名も『土城正宗』ってぇ名の御仁ヨ。もうココまで来りゃご想像のとおりヨ、『どじょう』ってあだ名でサ。

 界隈じゃァちょいと知られた商人で、こっちゃ遊びの玄人の方だったのサ。顔はどっちかってぇとナマズのみてェだったらしいが、まァそれはいいか。

 でさ、ただの商売人ならまぁいいよ? 性質が悪ぃ部類の商人だったわけよ、これが。呆けたボンボンを捕まえて、どじょうの野郎が言うわけよ。


「ほな坊ちゃん、一緒に遊びまひょか?」


 するってェとアホドングリの小坊主が、


「苦しゅうない!ぱぁーっとやるぞー!」


 てなもんで。まぁ、毎晩毎晩、杯が乾く夜は無かったそうさ。景気のいい話もあったもんさ……で終わりゃァ、世話ぁ無いわな?

 当たり前も当たり前。もちろん、話にゃぁ続きがある。ほれ、『どんぐりころころ』の二番よ。『やっぱりお山が恋しいと、泣いてはどじょうを困らせた』ってなアレだ。


 栗林団五郎が散財は大したもんでよ、親の金まで引っ張り出しはじめたから性質が悪ィ。奴の親父っさんが気づいたころにゃ、実家の金庫も傾いちまってんだからどうしようも無ェ。まぁ、それこそ、どじょうの野郎の最初っからの狙いだったんだがナ。終いにゃァ、奴さんに実家のある高級住宅地一帯、まぁようは『お山』だな。そいつの権利書まで持ってかれたのヨ。遊びと飲みのお代で、だゼ? 大したもんだぜ、まったく。


「やっぱりお山は惜しいよう、返しておくれよ」


 ってなことを言いながら、アホガキは泣きついた。まァ、当然だな。するってぇと、『どじょう』の野郎は、


「坊ちゃん、泣かれても困りますなぁ。遊んだら払う、これは正当な商取引でございます。お上に言うてもこっちに利ィがおます」


 って返すのヨ。マ、これに関しちャ煽てられるまんま、騙されて遊んだ方が悪ィ。ちょイと行き過ぎた勉強代として諦める……ってェのができりャ良かったんだがナ。

 あんまり放蕩が過ぎるってンで、ドングリの坊主、とうとう実家の方からは勘当はされちまった。オマケに、散々に貢ぎ尽くしたお池の方はってェと、アッサリと他の旦那んところに身請けしちまいやがったのヨ。


 進退窮まった男はどうするか? ってもヨぉ、相場は大体ン所で決まってるさね。本当の『お池』にハマりに逝っちまったのよ。二度と浮かばねぇつもりでな。

 こう、着ているもんのあっちゃこっちゃにだナ、石を詰め込んでさ、『南無阿弥陀仏』もろくも言わず、藻の浮いた池の真ん中へ飛び込んだ!

 マ、遊びンときの金払いもなかなかだったがヨ、最後の命のバラまき方も、大したもんだったと思うぜ、ありゃァな。


 ん?何でこんな話をしてるかって?

 いや、お前さん、さっき足を滑らせたろ?

 ほれ、池のド真ん前で、さ。何に蹴っ躓いたかァ知らねェが。ちょイと水泳にゃ早いわナ。


 で、だな。偶然ってのァ恐ろしいなァ。何を隠そう、そのドングリの野郎ってのがくぐっちまったのが、この池でさァ……

 お?顔色が変わったね。死人らしい良ィ土気色だァ……

 ほれほれ、逃がしゃぁしねェよ。一人遊びにゃ飽きちまったし、ちょっくら寂しかったんだわ。

 お兄さん、今度ァこのドングリと一緒に遊びましょうや……

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