M.I.B.J.

燐葉亭青蛍

黒服

 「…君の記憶を消さなければならない。」


 仕方のないことだ。

恐らく私は見てはならないものを見てしまったのだ。目の前には倒れている銀色で人のような形をした物体とそれを見下ろす黒いスーツの男。


 アメリカの映画で観た。


 「メン・イン・ブラック」


 一般人から宇宙人の存在を隠すために暗躍する組織…

黒いスーツに身を包み、地球の危機を人知れず解決するヒーロー…

映画の中だけの話だと思っていた。あったとしてもアメリカだけの話だと思っていた。それがどうだ。今日本人である私の目の前に彼がいる。


 「我々とこのいきも…もはや死体だが、これを見た君の記憶を消さなければならない。」


 あまりに衝撃的な光景を前に震えることしかできない私が必至に許しを乞おうと口を開く前に黒服の男はさらに口を開く。


 「残念だが、君に拒否権は無い。だが信用して欲しい。全ての記憶を奪うわけではない。ほんの少し、ほんの少し間違った時間を巻き戻すだけのことだ。」


 そうだ。映画で観たじゃないか。ピカッと光る機械で偽りの記憶を与えられ、元の日常へ返される。それだけだ。今感じる恐怖も全て無かったことになるんだ。危害を加えられるわけではない。彼は私を日常に戻してくれるだけではないか…


 私は静かにうなずいた。覚悟を決めながらも未知の経験に対する恐怖で震えてしまう。黒スーツは聞き分けの良い子羊の返答に満足し微笑んでいる。


 「理解してくれてありがとう。それでは目を閉じたまえ。」


 目?あれ?ピカッとやるのでは?目を閉じたらピカも何もないじゃないか。まさか目を閉じている隙に唇を奪ってその衝撃で記憶を吹き飛ばすとでもいうのか。この黒服はそんなにテクニシャンなのか。私はその程度と見くびられているのか。しかし、従うしか選択肢は無いのだろう。こうなったら覚悟を決めて閉じようではないか。私の初めてを彼に捧げようではないか!!


 そっと頬を赤らめながら目を閉じる


 「ちぃぃぃええええすとおおぅおぅおぅをぅをー(訳:チェストー!)!!!」


 「ふぐっ!!」


腹にねじ込まれる強烈な拳を感じつつ私の意識は飛んだ。

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