第13話 神の気まぐれ

 その青年は公園のベンチに座っていた。

 本を読むでもなく、ケータイを弄るでもなく、ただ静かに空を見上げていた。

「お兄ちゃん、何しているの?」

 スコップを持った少女に話しかけられて、景佑は目を動かした。

 知らない子供だった。ひょっとしたら、この世界では以前にどこかで会っていたことになっているのかも知れないが、景佑にとってはどうでも良かった。まだ自分が自殺していないことが不思議なくらい何もかもがどうでも良かった。

 景佑は空に目を戻した。

「会いたいヤツらがこの世界のどこにもいないから、仕方なく空を見ていた……と言っても分からないよな」

「うん。わかんない。お兄ちゃんは誰に会いたいの?」

「仲の良い友達連中だな」

 特に一人の顔が浮かんできたが、口には出さなかった。

「死んじゃったの?」

「いいや。たぶん生きている。でも、会えない。もう手も声も届かないところに飛んでいっちまった。まあ、こうなった原因の一端は俺だし、もう一端のバカは塵ひとつ残さず消し飛ばしてやったから、ストレスをぶつける相手もいない」

 子供にこんなこと言って何になる。

 景佑は自嘲気味に笑った。どうやら相当参っているらしい。機械神(デウス・エクス・マキナ)を顕現した経験なら以前にもあったが、ここまで打つ手がない副作用は初めてだった。


 まさかちがう次元に吹き飛ばされるとは……


 この世界に水館景佑の生きてきた痕跡は残されているが、それは景佑の記憶と合致しない。自分の母親も別人だったし、学校の教室に神楽坂千里の姿はなかった。文芸部の部室も覗いてみたが、見知らぬ連中がたむろしていた。


 似たような世界ではあるけれど、オリジナルとは程遠い。



「お兄ちゃん、青い馬のお話、知ってる?」

 目の前の少女がこちらに構わずぺらぺら喋り始めた。

「中国の王様が昔話に出てくる青い馬を欲しくなって。それで、家来のひとたちに命令するの。捕まえてこい、って。でも、青い馬なんてどこにもいないから、家来のひとたちは困っちゃうの」

 ――青い馬、か。

 知らない話ではない。

 ビジネス書などでも改変して使われるような有名な御伽話である。架空の生物を捕まえてこいと命令された人々が、それぞれあの手この手で架空の生物を用意しようとするのだ。

 古文書を漁って架空の生物が生息していたかも知れない場所を特定して調べてみたり、占い師を頼って青い馬のいる方角へ突き進んでみたり、仙人と呼ばれる者に無理やり青い馬を創造させようとしたり、村をひとつ生贄に捧げて青い馬を召喚しようとしたり……中にはただの馬に青いペンキで色を付けるなんてお粗末なものまである。

 景佑は少女がどんな答えを用意しているのか気になって尋ねた。

「それで、家来はどうしたんだ?」

「教えてほしい?」

「ああ。聞かせてくれよ」

 素直に頼むと、気をよくした少女は勿体ぶってこほんと咳払いした。

「王様にね、青い馬を追わせたの」

「はぁ?」

「王様にニセモノの青い馬を見せてあげて、そうしたら王様は喜んで馬の後を追いかけるんだけど、ニセモノの馬は王様に捕まらないように逃げるの」

「それじゃあ、問題は解決してないだろ」

「そう! そう! そこがこのお話のすごいところでね。王様がニセモノの馬を追っているときは、家来のひとは命令を守れなかったからって殺されちゃうことにはならないでしょ?」

「…………」

 諦める、という結果は探すことをやめて初めて辿り着ける。

 思い出すだけで胸糞悪いが、九条はこの世にはニセモノの神しかいないと悟っても絶望してなかった。なぜなら彼は本物の神を求めて探し続けていた。裏を返せば、景佑が何もかも投げ出しているのは、解決法を探すことをやめてしまっているからなのかも知れない。

 ――もうちょっとだけ足掻いてみるか。

「どう? 元気出た?」

「んー。まあ、ありがとな」

 景佑は頭を掻きながら礼を述べた。





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青い馬を追う道化 @myokosuke

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