第12話 いつも通りの舞台
あれから――
鈴宮春が失踪してから三日後。
春はひょっこり帰ってきた。どうやら彼女の母親が務めているホテルに泊まっていて、ついつい寝過ごして、学校をサボってしまったらしい。あのしっかり者の春にしては珍しいことだが、事実そうなってしまったのだから否定はできない。
何より、春が無事に帰ってきて良かった。
千里は部室のソファーでくつろぎ、ぼんやりと天井を見つめた。
「うーん…………」
どうもおかしい。
ものすごく違和感を感じるが、具体的にどこがどうおかしいのか見当が付かない。春が戻ってくる前はとても逼迫したような気がするのだが、特に何も思い出せない。親友が失踪してパニックに陥っていただけなのかも知れない。あるいはそれだけでないのかも……
事件らしい事件はなかった。
そんなつまらない現実を認めたくないという思いも、ある。
だが、まるでどこかでボタンを掛け違えたような、奇妙なズレを千里は感じていた。
「あれ? これ、出したっけ?」
千里は机の上に置かれたゲーテの『神と世界』を手に取った。
こんなわけのわからない難しそうな本を読みたいと思ったことはない。卒業してしまった先輩方が部室に残していった本ではあるが、それがどうして机の上に放置されているのだろうか?
「……もう帰ろ」
スカートの裾を直してから、千里は部室のドアを開いた。
いつも通りのホコリっぽい廊下。
いつも通りの校庭。
長く伸びた影を目で追いながら、のんびりとしたペースで歩く。夕方のこの中途半端な時間に下校する生徒は少なく、歩調を遅らせる必要はない。しかし、なぜか普段のくせで、まるで誰かと喋りながら歩くようなまったりとした足取りで歩いてしまう。
「んー……?」
帰り道の途中で団子屋に寄って、みたらし団子を一本だけ買った。
汚く食べて嫌われたくないなぁと思いつつも、甘いみたらしともっちりとした団子の誘惑に負けていつも買ってしまう。――嫌われる? 誰に? 千里は首を捻った。やっぱりまだ小骨が喉に引っかかっているような気がした。
振り返って歩いてきた道を確かめた。
夕日に赤くそめられたアスファルトが所々きらきら光っている。路上に落ちていた紙袋が風に吹かれてかさかさと揺れた。いつも通りの帰り道である。昨日も一昨日もこうだった。おかしなところは何もない。
「疲れてるのかな、私?」
返事は返ってこない。
そのことが、千里にはひどく淋しく感じられた。
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