第55話 青木草介の話

 ***


 ヒナタ君は今日も樹君とデートだと言っていた。二人が惹かれ合うのも仕方ない事だった。あちらの世界の二人は付き合っていたのだから。



 あの時ボロボロで帰って来た樹君を見て、僕は彼の記憶を消す事を考えた。元の世界に戻ったら、きっとあちらの世界の翔子君を見て平気ではいられないだろうと判断したからだ。

 始めの樹君の食事には睡眠薬を入れて、元の世界に戻る準備をした。次に樹君にこの家まで来てもらい食事には記憶を操る薬を仕込んでおいた。レイナ君とヒナタ君と三人でソファーを運び眠っている樹君を移動した。大変な作業だったがなんとかやり終えた。

 次はヒナタ君だった。彼女には戻る家がなかった。両親ともに殺されていた。そして、樹君も。彼女にはあの世界を生きるのは辛すぎた。そして、あの世界にいたならば例え記憶を消してもきっと思い出してしまうだろう。


 僕の戸籍を操作して架空の兄とその兄夫婦の子供として日向君を迎えた。兄夫婦はもちろん死亡していることにして、ここで二人で暮らすことは話をした。日向君はむしろ樹君がいるこの世界に住むことを喜んでいた。だが、日向君も気づかぬ間にレイナ君に記憶を操る薬を食べ物に入れて置いてもらった。

 新しい世界にあの記憶を抱えて生きていくのは辛すぎるからだ。日向君は記憶をかなり消して書き換える事になった。人生の全てだ。親の死から僕と住むことになったこと全てだ。日向君の人生は全て書き換えさせてもらった。

 こちらに来て樹君と会わせるつもりはなかった。記憶が蘇る危険があったからだ。なのに日向君は樹君の通う高校を選んだ。そして……二人はもう一度出会ってしまったんだ。



 レイナ君には先手を打たれた。日向君を眠らせた後にすぐに言われた。


「博士、私は記憶を消さないでよ。この世界で生きて行くの。家に戻る。消された記憶を思い出してもう一度苦しむのは嫌だから。しないでね。絶対」


 そう言ってレイナ君は自分の家に帰って行った。辛い過去の記憶を背負ったままで。


「じゃあ、ね。博士」


 と、笑顔で。




 ピーンポーン


 インターフォンがなる。


「ああ! おじさん。大丈夫?」


 日向君はクルリと僕の前で回った。水色のワンピースの裾がヒラヒラと舞っている。これは毎度の事。僕に自分の格好をチェックしてもらいたいようだ。


「ああ、いつもの日向君だよ」

「じゃあ、いってきます。草介おじさん!」

「いってらっしゃい。日向君。ああ、そうだ今日はどこに行くんだい?」

「今日は映画だよ!」


 映画……記憶を思い出させるような内容じゃないだろうか?


「何の映画だい?」

「え? あー、うんと。恋愛映画かな」


 外で待っている樹君が気になっているのか落ち着きがない日向君。そして、少し恥ずかしそうだ。恋愛映画ならば問題ないだろう。始めて樹君が日向君を誘いにきた時には驚いたし、困った。お互いが記憶の鍵を開けてしまうんじゃないだろうかと心配したんだが、上手く行っているみたいだ。叔父の立場では家に入れないという事ぐらいしか禁止にはできなかった。樹君がこの家に入りそこで僕は会ったら、思い出してしまうんじゃないかと。今のところはこれぐらいしかできない。


「叔父さん? 草介叔父さん? もう私行くからね。樹も待ってるし! いってきます」

「あ、ああ。いってらっしゃい」



 ドアを開けて日向君は樹君の元に向かう。

 窓から外を見てみる二人は嬉しそうに話をしている。本当ならば出会うことのない二人だった。運命を変えてしまったんだろうか? 樹君が翔子君ではなくて日向君を選んだのにも驚いた。こういう運命だったんだろうか? 記憶のない二人はお互い惹かれ合ったんだろう。世界パラレルワールドを超えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】俺はヒーローなんかじゃない! 日向ナツ @pupurin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ