第54話 青木日向

 俺は目を外せなくなった。どんな人があの家に住んでるんだろうか? なんてことを気にする性格ではないのに、なぜか目が外せない。


 中から出てきたのは一人の少女だった。


 意外だな。もっと歳の人が住んでそうなのに。


 少女は長い黒髪をポニーテールにしている。服は普通の私服姿だ。学校はどうしてるんだろう?

 少女はチラリと俺を見た。目が合った瞬間何か思い出せそうな気がした……が……ダメだった。

 ジロジロ見ている俺に少女は笑いかけた。俺も笑い返す。なんだろう、前からずっと知っているみたいなのに……そんなはずはない。小学生の時の同級生かな?

 玄関の表札を見るとそこには『AOKI』とあった。青木……うーん、記憶にない。


 少女は一瞬何か言いたそうにしていたが、そのまま庭の草花に水やりを始めた。俺も立ち止まることなく通り過ぎた。


 誰だ? 知ってるのか本当に……。


 家に帰り何度も何度も思い返す。そして、記憶にない日々のことも。

 まるで思い出せなかった。まるでそこだけ靄がかかったように。




 それから二週間が過ぎた。

 相変わらずあの時のことはまるで思い出せない。

 けれど、それはほんの数日の事だった。そこまで気にすることもないかもしれない。あれ以来記憶を失うこともないし。

 何故だか毎日のようにあの道を通って帰っている。休みの日もついでってわけじゃないが出かけるとあの道を通っている。何かが気になって仕方ないんだ。少女なのか? それともゾンビが現れた道だからか。

 道はすっかり修復されて跡形もなく綺麗な道路になっている。

 少女にはたまに会うこともある。お互い見つめ合い微笑み合うだけで、口を聞くことはない。


 そんなある朝、登校して友達とくだらない話で盛り上がるという日常を俺は繰り返していた。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 友達と話をやめて席に着く。

 担任が入って来た。

 いつもの朝の風景だ。


 と、担任がいつもにない顔をした。

「今日は転校生を紹介する。青木入れ」


 教室に入ってきたのはあの少女だった。長かった髪を短く肩より少し下ぐらいに切っている。真っ直ぐな黒髪を少し揺らして少女は入ってきた。


 担任は黒板に


『青木 日向』


 と書いた。


 青木……日向……ヒナタ!


 ガタン!


 俺は無意識に立ち上がっていた。


「ん? どうした宮崎?」

「あ、いや……なんでもないです」


 みんながクスクス笑っている。青木は俺をジッと見つめている。

 なんで立ち上がったんだろう? 一瞬なにか思い出した気がしたのに。




 それからしばらくして、夏休みに入る直前に俺は日向と付き合う事になった。

 俺が日向に付き合って欲しいと言った。日向は少し恥ずかしそうに「うん」と答えてくれた。


 日向といるとなんだか強くなれる気がするんだ。なんでなんだろうか。


 日向は家には入れてはくれない。頑固な叔父さんと二人暮らしらしくて、その叔父さんが家で仕事をしていて四六時中家にいるからだそうだ。


 そうだ。変わった家だと思ったら、小学生の頃にお化け屋敷と言われていた家だった。翔子から聞いて思い出した。あの違和感はそれだったのか。お化け屋敷に日向。違和感ありまくって見てしまうのも仕方ないよな。もしかしたら一目惚れだったのかもしれないが恥ずかしいので日向には言っていない。

 それに、自分の家がお化け屋敷だって言われてたことは、日向にはいい話じゃないし、なぜか日向は翔子の事を気にしているから前みたいに話をしなくなったけれど。

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