第53話 記憶喪失

 *



「ん? な、なんだ?」


 どこだ? ここ? 周りを見回す。


「ぎゃ! 何だよ! なんでこんなとこで寝てるんだよ! 俺!」


 俺はゴミ捨て場に捨てられていたソファーに横になっていた。茶色い布張りのソファーは比較的新しく綺麗だった。何があったんだ?

 思い出せない。全く思い出せない。とにかくこんなところにいるのなんて、誰かに見られたら困る。その場所から離れて、記憶を探る。最後の記憶は……学校から帰ってたんだよな……。あれ?……でも俺、今私服姿だよな。荷物も何も持っていない。携帯すら持ってない。盗られたんだろうか。こんなとこで寝てたんだもんな。荷物を盗られていてもおかしくない。何かの犯罪にでも巻き込まれて……とか? な、わけないか。


 空をみると夕焼け空が広がっている。放課後なのか……出かけた後か……どっちだろうかわからない。今はいつなんだ?

 仕方ない家に帰るしかない。携帯も財布も心配だし。


 歩きながらここが家の近所であることを確認する。いつもは行くことのない人目につかない住宅街のゴミ捨て場だった。誰にも見られてないだろうか? 近所であんなとこで寝てるなんて、なんて噂されるかわからない。

 頭でも殴られたんじゃないかと、頭を撫でてみるが変わったところはなさそうだった。

 なんで寝てたんだ俺? 記憶もないし……なんか怖いな。記憶が飛んでる気がする。車にでも轢かれて放置されたとか……怪我がどこにもないんだからあり得ないな。



 家にはすぐに着いた。本当に近所だった。


「ただいま」

「おかえり」


 母親の声には特別なものはなにもなかった。母親はこちらに出てくることもなく夕食の用意をしている。普段と全く変わりはない。

 なのに何故か俺は母親の声に反応して涙が出そうになる。なんでだ?

 急いで自分の部屋に入る。なぜだかひどく懐かしく感じる。この部屋に帰ってこれるなんてって思える。なんなんだ? この感覚は?

 カバンや制服を探るとすぐに携帯と財布を見つける。これで少し安心するが、なぜ自分が何も持たずに出かけたのかますますわからなくなる。財布どころか携帯も置いて行くなんて。そして、急いで着替えた様子だった。制服に携帯を入れっぱなしにしているし、その制服もベットに脱ぎっぱなしだった。急いで着替えて俺はどこに行こうとしてたんだ。何も持たないままで。

 携帯の日付を見る。……最後の記憶とかみ合わない。俺の知らない日が過ぎている。なんなんだ。母親の態度は普通だった。これって記憶喪失なのか。理由が全く思いつかない。

 急いで何も持たずに出かけたことと関係あるんだろうか。


 いくら考えても思い出せなかった。


 母親に食事中にさり気なく聞いてが俺の様子は普通だったみたいだ。ただ、違っていたのはダンベルを探してきて急に筋トレを始めたことだった。筋トレ……? なんで、俺……そんなことしてたんだ?


 お風呂に入った時の違和感。なんかちょっと前に入った気がする。なんだろう? わけがわからない。

 ゆっくり湯船に入った時の幸福感、そんなこと思ったことあったっけ?


 ベットに横になりまた色々な可能性を考える。けれど、どうしても思い出せなかった。なぜなんだ?



 朝日を浴びて目を覚ます。なぜか感じる複雑な気持ち。

 それは家の玄関の前で一番強くなる。ここを出るのが怖いような、早く出てしまいたいような。


 ガチャ


 開けてみればなんてことはない家の前の道だった。何をそんなに恐れていたんだ、期待してたんだ。

 歩き出すと、聞こえてきた足音にまた胸の中が複雑な気持ちになる。


「おはよう! 樹!」


 俺の肩をポンと叩き横に並んで歩く翔子。ポニーテールにした髪がユラユラと左右に揺れている。さっき小走りに俺に駆け寄ったからだろうか髪の揺れは大きい。


「翔子……」


 俺は思わず翔子を抱きしめていた。なんでなのか、どうしてそうしたのか。家の前でそんなことするはずないのに、翔子を抱きしめて泣いていた。なんで、泣いてるんだ俺は。まるで翔子と一生の別れをしたみたいに。


「樹? な、なにしてるのよ? ちょ、ちょっと、こんなとこで!」


 俺は涙を隠して翔子から離れた。


「びっくりしたか?」

「な、もー! 朝からそんな遊びしないでよね!」


 なんとか誤魔化せた。


「翔子はウブだなー。そんなんじゃ当分彼氏できないぞ」

「う、うるさい! 樹だって彼女いないじゃない」

「俺は俺だよ」

「なにそれ?」


 そこからは少しふてくされた翔子と登校した。なんで翔子を抱きしめて安心して涙が出たのかは全くわからないけれど。

 翔子の話はもっぱら近所に現れたゾンビ集団の話だった。夢物語でも都市伝説でもなく、実際にゾンビの死体があったそうだ。そして、行方不明者も多数出た。翔子はかなり家の近所の出来事だったのに俺が知らないのを不思議がっていた。


「樹なら一番に知ってるような話なのに」


 と言われた。俺もそう思う。

 だけど、俺の記憶のない間の出来事なんだ。知らないというよりも忘れたというのが正しいんだろう。

 もしかして、俺の記憶喪失もそれに関係あったりして……な、わけないか!



 放課後になり帰宅する。


 あ、あれ? 気づけばいつもと違う道を歩いていた。そこは例のゾンビ襲撃事件の現場だった。きっと興味があったんだな。それにしても、すごい。道が抉られてる。今も道路工事をして補修中だった。道全部まるごと直さないと無理だろうな。なんかゾンビの襲撃とはイメージが違うな。細い住民用の通路を通って行くと一番被害のないところに出る。そこには洋館があった。周りの雰囲気とはまるで違う、そこだけ海外の映画の一場面のようだ。

 なぜかすごく気になり、洋館のドアを気にしながら前を通る。


 ガチャ


 俺の見ている前でその洋館のドアが開いた。

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