ミスではない

「いえ、けっして医療ミスではありません」

「でも、わたしはそんなたいそうな病気ではなかったはずです。ちょっとお腹を切る手術で、すぐ治るものではなかったんですか」

「ええ、そうでした。あなたに説明した時は、確かにそうでした」

「では、検査の段階で見誤ったと?」

「だから、そうではありません。検査で見誤りもしていないし、手術中にミスをしたわけでもありません」

「だったら、なんだったんですか。こんなひどいことになるなんて」

「あなたの恋人のせいですよ」

「恋人? わたしの恋人がなんで関係あるんですか。

 いえ確かに関係ないことはないですよ。わたしたちもうすぐ結婚するはずだったんですから。恋人がわたしの病気を心配するのは当たり前ですし、そういう意味で関係はあります。

 でも、それと先生のミスとの関係がわかりません。へんな言いがかりをつけないでください」

「だから、医療ミスではありませんって。あなたもしつこいですね。

 実はあなたの恋人は昔僕の彼女を奪った奴なのです。

 ショックでした。食事も喉を通らないくらい。初めて好きになった女性でしたし、これ以上の人は見つからないと思っていましたからね。

 実際、彼女以上の人には出会いませんでした。だから僕は今でも独り身ですよ」

「知りませんよ。そんな過去のことわたしには関係ないし。それに奪われたって言うけどあなたに恋人を引き付けておく魅力が足りなかったってだけでしょ?」

「そうですね。そういうことです。あなたの言う通り。

 でも、それだけならまだあきらめがついたんです。僕が奴にかなわなかったというだけのことだと。

 ですが、奴はすぐに飽きて彼女を捨てたんですよ。ひどいやり方で。

 そのため彼女は電車に飛び込んで自殺しました。美しい彼女が見るも無残な姿に――」

「ち、ちょっと待って。医療ミスでもない、診断を見誤ったのでもないということは、もしかしてわたしを復讐の道具に使ったってこと? あなたたちの因縁にわたしはただ巻き込まれただけ?」

「まあ、そういうことです。あなたにはお気の毒でしたが。

 単なる盲腸炎の手術を死に至らしめるのは簡単ですが大変でもありました。おかげで医療ミスしたわけでもないのにヤブ医者のレッテルを張られて。

 でも、これで本望です。同じ苦しみを味わわせてやれたのですから。

 ただし僕も奴に殺されてしまいましたが」

「ひどいわ、何の関係もないのにっ。わたしの命を返してっ」

「冥途で文句言っても仕方ないですよ。今度生まれ変わったら恨みを買うような男を好きにならないことです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る