第39話
シアは今回もまた後悔を抱いた。しかしそれは以前のように憧れの少年冒険者を冒涜していると思い込んでしまったためではなく、このような喜ばしい事件の噂に対して自分の作り出したものが陰惨としているからに他ならなかった。本来ならばもっと未来ある、希望に満ちた物語となり、少年冒険者の活躍を華々しく飾り立てながら進行していくつもりだったのだ。それをさせなかったのは他でもなく自分の拙さや後ろ向きな思考のせいであり、決してなんらかの不吉な暗示を感じ取ったためではないだろう。元よりそういったものを感じ取ったことはなく、ただ純粋に今回の噂については喜ばしい思いが胸を埋め尽くしていたはずである。
しかしそれでも疑問が全くないというわけではなかった。ましてシア以外の人々にしてみれば、歓喜など全くなく、ただ疑問や不信が募るばかりの噂だったに違いない。シアが聞いたのは、凶悪な囚人たちが突如として王都に移送された、というものだった。それもそうした囚人たちの事件の処理についてのものではなく、単純に囚人たちが王都に集められているという噂である。王都側はそれについて、単純に収容環境の問題だと発表していたが、先の宿場町での問題や、それに端を発する領間での戦争、その不可解な結末からなる不信感などが重なり、ある種の邪推や不穏な風説を流布する者も少なくない。
その中で最も大きく、信憑性があるとされているのは、移送された囚人たちが王国軍に加入しているというものだった。冒険者たちの間ではこれは単純な噂ではなく、公然の秘密のような扱いをされていた。しかもこれは全く無根拠なものではなく、囚人たちが新たに拘置所に収容されたという記録がなく、移送と同時期に王国軍内部で首脳陣への批判が強まっているという事実を踏まえたものだった。
シアが歓喜した理由は、まさしくそうした噂によるものだった。というのも、移送された囚人の中には、ライオニック平原の戦いで同士討ちの発端となった少年が含まれていたためである。これを踏まえれば、つまりは憧れの少年冒険者が王国軍に加入したということであり、シアがまるで自分の夫が大きな出世を果たしたかのように喜ぶのも当然で、同時に自分の夫というキーワードに顔を赤くして自己否定に悶えるのも仕方のないことだった。
ただし不安なことが全くないというわけでもなく、シアが情報源として利用する酒場に通う冒険者たちの間では、王国が侵略戦争を行うに違いないという噂が盛んに交わされていた。もっともそれはあまりにも突飛な邪推であり、酒場以外で話されることもない。それ自体も酒場で聞いた話ではあるが、実際に彼らは事実かどうかよりも、戦争になった際の戦力比較だとか、作戦の推測だとか、戦争相手となるだろう隣国、マリセア国に存在する有名な部隊長の武勇伝だとか、そういった話をしたいがためという様子だった。
シアにしてみれば、戦争が起きるかどうかはさほど問題ではなかった。しかしそのようなことになれば当然、少年冒険者も戦場に赴くことになる。それを考えると、シアは不安を抱かざるを得なかった。領間での戦いに巻き込まれたという噂を聞いた時にも大きな不安を抱いたが、国の戦いとなればその比ではない。シアは四歳の頃、両親から国同士の戦いの恐ろしさと、その中での暗殺の困難さを教わっていた。
そのためにシアは、王都への移送という噂によって止めた足を、再び動かしたくて堪らない衝動に駆られることになった。獄中よりも危険が伴うかもしれない状況において少年を助けたいという思いと、同時にこのような大きな出世に対し、間近で祝福することはできずとも、その勇姿を実際に見てみたいという思いが重なり合った結果である。それを思うと、王都が囚人を集めた真の理由などへの疑問は全く忘れられ、執筆の手も止まりがちになってしまった。
これほど人に会いたいと思うのは今まで生きてきた中で初めてのことであり、シア自身もそうした自分の心中の変化に若干の戸惑いを抱いたが、その衝動は悪いものではないような気がしてならなかった。例え人と顔を合わせ、会話をするという恐るべき悪魔的な儀式めいた狂気の所業を行うことになっても、構わないのではないかとさえ思えてくるのだ。
ただ同時に、それとは全く別種の、真に恐ろしく、胸をむかつかせる、人間の想像を超える邪悪な思想が暗示されているような直感を抱くのもまた事実だった。
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