第31話

 シアがそれを書き上げた時、最初に抱いたのは後悔であり、続いたのは懺悔だった。さらには激しい自己嫌悪が全身を襲い、仰向けに寝転がるのではなく、書き上がったばかりの小説の上で頭を抱えざるを得なくなった。

 そうした内実は他ならぬ、自らが憧れる現実に存在する少年冒険者に対するものである。彼をモデルにしながら自らが創作したハーリット・ヘレディにした仕打ちは、現実の少年冒険者に対する暴挙や冒涜的な行いであると思えてならなかったのだ。

 少なくともシアの中での少年はこのような衝動的な激情によって冷静さを失い、また暗澹たる憎悪を剥き出しにして、捨鉢のように敵を倒すことのみに身を委ねてしまうような直情家ではなかった。どれほどの恐るべき現実や、信じがたい事実、耳を覆いたくなる惨劇を知ったとしても、それに悲しみや同情を抱くことさえあれ、それらの中に身を投じて自ら業火に焼かれることはないはずである。それは一年前、その少年冒険者と出会った時に強く感じられたことであり、そうした姿や意志に感銘を受けたがためにペンを執ったのだから、シアにしてみれば当然として確信していたことだったはずである。

 しかし今回そうした主義に反して、憎悪を剥き出しにして敵に襲い掛かり、混沌を極める戦場を作り出す要因の一端を担う役目を果たさせてしまったのには、相応の理由があることだった。とはいえそれは少年冒険者への尊敬や憧れの念が消えたわけでも、なんらかの暗澹たる現実、例えば自分の住むオーフォーク領が敗北したことによる未来への不安のようなものがあり、その自らの失望の心中が作品に影響を及ぼしたというわけでもない。

 それは今回の執筆にあたって、シアの耳に珍しくも、事件の顛末に関する話が舞い込んできたためだった。これほど大きな事件であり、それが彼女の住むオーフォーク領の敗北によって幕を閉じたのだから、それ自体は当然かもしれないが、そこには彼女が強く心騒がせられる噂が紛れ込んでいたのだ。

 そのうちの一つは途方もなく不可解で、その原因に対して正しい推測をすることが困難なものだった。シアは今回、その半分の推測を行った結果、自らが後悔と懺悔を抱く小説を書き上げなければならなくなってしまった。というのもつまりは、実際の戦争においてもアング領の軍勢は突如として同士討ちを始めたようなのである。そして同時にもう一つ、それと同じことがオーフォーク領でも発生していたらしいのだ。二つの軍勢は全く奇妙なことに、ほぼ同時に敵を無視して自分たちで争い始め、その結果、先に立て直しを行うことのできたアング領が済し崩しのように勝利を得たのだという。

 これは敗北したオーフォーク領がある種の言い訳として伝聞させたものだという見方もできるかもしれないが、別の事実としてアング領の軍勢はそのまま撤退し、傭兵部隊を解散させ、宣戦布告から一転して和平交渉を行い始めたのである。

 この詳細についてはアング領からもオーフォーク領からも正式な発表は為されていないのだが、シアにはこうした事件に何か恐ろしい、未知の脅威に関する暗示が強く含まれているような気がしてならなかった。ひょっとすればこれからさらに不穏な、国全体、あるいは他の国や大陸全土にまで及ぶかもしれない恐るべき災厄の陰謀が動き出すか、既に動き出しているのではないかとさえ思えてしまうほどだった。

 さらにそうした渦中に、現実の少年冒険者をモデルとしたハーリット・ヘレディが身を投じなければならなかったのには、もっと別の決定的な理由も存在していた。それこそシアが最も驚異を感じ、絶望を抱かざるを得なくなり、自己嫌悪よりも激しい不安に苛まれることになり、今回の小説を生み出してしまった元凶となった噂である。そしてそれは結果として小説の中にも組み込まれざるを得なくなった。

 つまりはアング領が今回の同士討ちの原因となった者を捕らえ、その中に十代前半の、まだほんの幼い冒険者が含まれているいう噂だった。

 シアはそれがハーリットのモデルとなった憧れの少年冒険者であると確信し、助けに行かなければならないという使命感を得たのだが……そうしなかった理由もまた、聞こえてきた噂によるものである。それもまた奇妙なものであり、人々の間ではこちらの方こそなんらかの理解しがたい、未知的な恐怖を抱いたらしい。しかしシアは少なからず、それについて足を止めるに相応しい安堵を得ていたし、同時にさらに足を進めたくなるような希望を感じていた。

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