第30話

「ぅ、く……」

 ……気付けば、そこは牢獄だった。薄暗く、ひやりとした粗雑な石の感触が頬に触れている。うつ伏せになっているのだと理解し、起き上がろうとするが、できなかった。疲弊と傷によるものだけでなく、腕が背後にある壁から伸びる鎖に繋がれている。

 それでも辛うじて顔を上げると、最初に見えたのは軍靴だった。次いで、ぼんやりとした燭台の火を浴びながら立つ、兵士らしき男の姿。顔はぼやけていて見づらいが、そんな霧の掛かった脳でも一応は理解できる。アング領の軍隊長だ。

 目を覚ませたのは、彼が軍靴を慣らしながらこの地下牢にやって来て、自分の牢の前に立ったためのようだ。

「丁度よく、気が付いたようだな。お前がなぜここにいるか、わかるな」

「……女……傭兵の、女はどうした……」

 詰問を無視する形で、ハーリットは切れ切れに声を発した。軍隊長は顔をしかめたようだったが、体調の回復しきっていない少年への詰問は無意味だと悟ったのだろう。代わりに相手に話をさせることで情報を得ようとしたのか、ふん、と鼻を鳴らして言ってくる。

「現在、捜索中だ。奴は仲間か?」

「あの『女』が、元凶だ……恐らく、最初から同士討ちを、狙って……」

(僕はそのために、利用されたのか……?)

 口惜しさが広がっていき、奥歯を噛み締める。ぎりっという音が微かに響いた。

「兵士たちの証言では、仕掛けたのはお前の方だ。仮にそうでなくとも、お前も元凶のひとりには違いない」

「…………」

 それに対しては反論もできなかった。顔を上げている力も失くし、また倒れるように石の床に頬をつける。

 軍隊長は、それで少年が再び気絶したか、眠りについたのだと理解したらしい。踵を返しながら、皮肉めいて独りごちるのが聞こえてきた。

「もっとも――お前のような絶対悪がいたおかげで、我が軍は勝利できたのかもしれんがな」

 それだけを残し、軍隊長が去っていく。

 少年はその硬い足音を聞きながら……今度こそ本当に気を失った。

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