第26話

 それから数日の間、傭兵たちは領主邸である砦の前の丘でキャンプをしながら、待機することになった。

 その間に傭兵の数はさらに増え、通りで見かけた顔を発見することもできた。全て合わせれば、二百近くはいるだろう。

 ハーリットは待機中ずっと、そうした傭兵群の中を歩き回って、ひとりひとりを注意深く探っていた。

 理由は他でもない――因縁深い、あの『女』を見つけ出すためだ。

 元々、傭兵に志願したのもそれが理由である。エンダストリの町を離れてから、ハーリットは『女』を――あの町ではミゴペインと名乗っていた女を探し、情報を集めながら各地を巡っていた。そしてこの領主都市ニーベルに向かったという話を最後に目撃情報は途絶えている。

 都市では、見慣れない女が傭兵として参加したという情報も手に入れることはできた。もっともそれは単純に傭兵募集に集った者たちのことで、実際キャンプの中には女傭兵の姿も多少なりとも見つけらる。

 ただし誰も、目当ての相手だとは思えなかった。戦いが始まれば逃げ出すか、その前に『味方の』餌食にされて逃げ出しそうな連中ばかりだ。――『女』は少なくともふたつの顔をもっていたのだから、なんらかの手段で変装している可能性は高く、だとすれば一応、性別も限られたものではないが。

(けど、ここにいるのは間違いないはずだ。あの『女』は何かを企んでいる。それなら、ここでわざわざ息を潜めるようなことはしない。必ずこの渦の中に入り込んでくる)

 ハーリットはそう確信していた。

 またそうでなくとも、怪しい人物は存在している。あの女――

(エディとか言ってたな。あいつの動向には注意しておかないといけないな)

 とはいえ、彼女も怪しい素振りは見せていなかった。時折こちらを見つけて、挨拶程度に声をかけてくることがあったくらいだ。少なくとも表面上は何事もなく、ただ暇を持て余しながら待機を続ける日々だった――

 出兵を翌日に控えた夜までは。

「よう、いるかい?」

 ハーリットがもどかしさを抱きながら最終準備を行っている時。テントに入ってきたのは、そんな女の声だった。次いで、入り口を開けて姿が現れる――女戦士、エディ。

 彼女は流石にこんな時まで鎧を着込むことはないのか、夜に溶け込む黒のインナーのみの姿だ。

 ハーリットが拒否に声を上げないのを承諾と理解したのか、そのまま中に入ってくる。ひとり用のテントは、がたい自体はそれほどでもない女戦士だとしても、かなり窮屈になった。

 ひとまず荷物を移動させてスペースを作り、正面に座らせてやる。エディは男勝りな仕草で腰を下ろしながら、「悪いね」と言って微笑した。

「……何か用か?」

「まあね。逢引の予定でもあったかい?」

 警戒を押し隠しながら聞くと、エディは冗談めかして言ってくる。視線を強くすると、彼女はすぐに悪戯っぽく両手を広げ、降参のポーズを作ったが。

「そんなに怒らなくてもいいだろ? 軽い親愛の挨拶だよ」

「悪いけど、そんな間柄になったつもりはない」

「馴れ合う気はないってことかい?」

「少なくとも、今のところはね」

 答えると、エディは愉快そうに喉の奥でくつくつと笑った。顔の半分を覆うように手で頭を抱えながら、しばらくそうして笑い声を殺して肩を上下させてから、笑みのままで顔を上げる。

 彼女はどこか感心したように言ってくる。

「思った通りだよ。あんたのそういう好戦的な雰囲気は嫌いじゃない。あたしたちはいいコンビになれるよ」

「別に、いつも好戦的なわけじゃない。それに……コンビだって?」

 意外な言葉に、怪訝に顔をしかめて聞き返す。エディは興味を抱かれたことに満足した様子で、ぐいっと身を乗り出してきた。

 ハーリットの顎下から見上げるようにしながら、先ほどよりも潜めた声で、しかし近くなった分だけ聞こえやすくなった声で、「その通りさ」と続ける。

「あたしと組んでほしいんだよ。もっともコンビって言っても、ふたりきりって意味じゃない。あたしはちょっとした傭兵団を率いていてね、そこに加わる新しい仲間がほしいんだよ」

「傭兵団……?」

「ああ。もちろん、永久的な加入を求めるわけじゃない。この戦いの間だけでも仲間を増やしておきたいのさ」

 正式に加わってくれるならそれに越したことはないけどね、と言うエディ。彼女は周囲を見回して――といってもテントの中なので実際には見えないが、そのような心地で視線を巡らせて。

「ここに集まってる連中は、傭兵なんていっても要は寄せ集めだ。集団戦の心得なんてないし、連携も取れない。そのままじゃいくら束になったって戦力にはならない」

「……確かに、そうかもね」

「だから、その連携を取るために、一時的にでも団員になってくれってことだ。他にも見込みがありそうな奴には団員が声をかけている」

「僕のところには、団長が直々にお出まししてるみたいだけどね」

「あんたは特別なのさ」

 エディはそう言うと、嬉しそうとも言える笑みの形を作り上げた。といってもその辺の無垢な少女の歓喜とは違い、口の端を大きく吊り上げる、戦いの勝利を確信した時のような笑みだったが。

「あんたは恐らく、この中じゃ群を抜いて優秀だ。そんな奴には団長が出向くのが筋ってもんだろ?」

「随分と買ってくれてるようだけど、そのわりには出兵直前の駆け込みだね」

「それもあんたが優秀だからさ。あたしみたいに、得体の知れない相手との馴れ合いを嫌っている。だったら下手に手を組む期間を長くするより、こうして直前に話した方がいい」

「…………」

 この女、エディが本当にただの傭兵団長だとしたら、妙な誤解を与えてしまっているかもしれない。そう考えて、ハーリットは困窮に黙した。かといって未だ彼女の疑いが晴れたわけではないため、内実を話すわけにもいかない。

 その沈黙は……ひょっとすればさらなる誤解を与えたのかもしれなかった。

「組んでくれるなら、あんたにはあたしと同じだけの権限を与えてもいい。ふたり目の団長として迎え入れる。なんなら――」

 そう言うと、彼女は笑みを少し別種のものに変えてきた。さらに身を乗り出すと、ほとんど吐息がかかるほどの距離にまで顔を寄せながら。

「……なんなら、戦いの場以外では、あたしを自由にする権限を与えたっていい」

 エディは強気で屈強そうな声を、精一杯に甘くさせながら囁いてくる。身体を密着させようと肩を摺り寄らせて、武器の似合う指を妖艶に這わせ、少年の太ももへと……

「っ、悪いけど、そんなことに興味はないんだ」

 ハーリットはそれが触れる前に、女戦士の肩をぐいっと押し返した。彼女が元の位置に戻るとその手もすぐに離して、これみよがしにズボンで払う。

 女は一瞬、きょとんとしていたようだったが――すぐに額を抱えるようにして大笑した。

 その笑い声を聞きながら、ハーリットは若干赤くなっている気がする自分の頬をぐしぐしと腕で擦ってから、大きく吐息する。それで気を落ち着けさせて――

「とにかく……鉄臭い女傭兵の下手な色仕掛けになんか興味はない。けど――」

 と言葉を継ぐ頃には、エディはもう笑っていなかった。少なくともその声は上げていない。ただ自分の望む結果を確信する、満足そうな顔を向けている。

 ハーリットも、それを叶えてやる心地で告げる。

「手を組むって話だけなら、乗ってもいい」

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