第25話

 全員が思わず口を止めて、きょとんとそちらの方を見やる。そこにいたのは女だった。

 歳を測るのは難しかったが、二十は超えているだろう。目付きが鋭く、口も頬も勝気に吊り上がっていた。豪快に跳ねた赤い髪は燃え盛る炎を連想させ、豪傑の女といった雰囲気がある。

 太さはないが、背丈はマーティンと同程度にはあるらしい。筋肉質な日に焼けた浅黒い身体が、主に胸と腰と脚を守る、間接の可動を重視した深い赤色の鎧によって守られている。露出した部分には、それを隠すように肌よりも黒いインナーが覆っている。

 武器の類は所持していないが、今すぐにでも大きな剣や斧辺りを振り回しそうな、殺気に近い気配があった。

「あたしは大陸中で数え切れないほど魔物と戦ってきた。その中には屋根を飛び越えるほどの馬鹿力だとか、地平線の先まで見通す馬鹿視力だとか、星と月で未来を占う預言者めいた馬鹿までいた。魔物ってのは、まだまだ人間には計り知れないもんさ。新種がいたって不思議じゃない」

 と、そこで女は三人組の男に向けて、挑発的に笑ってみせた。

「要するに、あんたらじゃ手も足も出ない奴らだだってことさ」

「このっ……言わせておけば!」

「女だからってただじゃおかねえぞ!」

 男たちは流石に血の気の多い傭兵といった様子で、あっさりと挑発に乗ると腰に帯びていた剣を抜いた。

「ちょ、ちょっと待てよ、こんなところで!」

 マーティンが制止の声を上げるが、男たちは当然それを無視した。そして睨み合う間すら惜しむように、無手の女に突進していく。

 真っ先に向かっていったのはスキンヘッドの男だ。体格差を生かした体当たりと、それを避けたとしても剣の一撃が待つという、完全に殺すつもりの攻撃である。ハーリットも咄嗟に止めようとするが、そこに割って入るのには間に合わず――

 ふッ――と短い息吹が聞こえた。そう思った次の瞬間、男がハーリットの横を通り過ぎるように弾き飛ばされ転がっていった。

 女の方を見ると、片手を短く突き出しているだけである。たったそれだけで、大柄な男を吹き飛ばしたようだ。

 さらに女は、それを見て怯む逆毛の男に肉薄し、その顎を思い切り打ち上げた。がごっと骨に響くような音がして、冗談のように男の身体が宙を舞い……落ちる。

 瞬く間に、ふたりは昏倒させられた。

「あんたはどうする?」

「っく……覚えてやがれ」

 残された髭面の男を、女が嘲笑的に睨みやる。しかし流石にその挑発にまで乗る勇気はなかったらしく、男は月並みに口惜しむ台詞を吐き捨て、仲間を無視して逃げ帰っていった。

 呆気に取られ、ぽかんとそれを見つめていたのはマーティンである。その隣でハーリットは眉をひそめ、視線を険しくさせていた。

 いずれにせよ女の方はどうとでもない様子で、逃げていく男を見送りながら

「ま、あんな奴らに信じさせるなんて無理な話さ。というより――信じるのなんか、あたしくらいのもんだろうね」

 そう言うと、女は一度肩をすくめて踵を返した。そのまま立ち去ろうとして――ふと足を止めて肩越しに振り返る。

「あたしの名前はエディだ。一応、覚えておいてくれ」

 名乗ると彼女は豪傑らしい微笑を浮かべて、こちらの答えは聞かないまま改めて去っていった。

 軽く手を振るその後姿を、マーティンはどこか憧れるような目で見送ったが――

「…………」

 ハーリットは鋭くさせたままの視線で、女の背中を射続けていた。

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