第24話

 一本道の丘の上にそびえるそれは、まさに砦だった。どこまでの直線的で、曲線のはずの部分すら、頑強な直線によって構成されているように見える。

 全てが石造りであり、外壁に色味はなかった。しかし石の灰色に混じる経年の染みや汚れが、黒い不気味な模様を作り出している。

 正面から見た左右にはそれぞれ城壁塔や外殻塔のようになっており、凸凹の狭間も作られていた。この構造では当然かもしれないが見える限りに窓はなく、ところどころに見られる隙間も弓のための狭間だろう。砦の後方に見える一際大きな塔は、見張り台の役目を果たすようだ。

 近隣はほとんど単なる丘であり、草原となっているが砦の周りには深い堀が作られ、門の前には跳ね橋が架けられていた。

「元々は単なる豪華な邸宅だったらしい。それを少しずつ改造した結果が、これだそうだ」

 と、石と草の香る丘の草原で。そう教えてきたのは、歳の頃は十八ほどの男だった。茶色の髪に冴えない顔立ち、中肉中背とさして特徴がない。格好も、ハーリットから鎧を抜いたようなものだった。名前はマーティンというらしい。

 この中では歳が近いという理由で、相手の方から声をかけてきたのだ。

 彼は張ったテントの強度確かめながら砦を見上げ、特にどうということもなく雑談を続ける。

「中には大きな兵士の詰め所があるみたいだ。俺たちはそんなところまで行けないけどな」

「砦の前でキャンプを張らせてくれるだけでも、破格の対応だと思うけどね」

「違いないな」

 軽く笑って、マーティンはテントの中に自分の荷物を放り込んだ。

 ハーリットもその近くに自分のテントを張っていた。そして周囲を見回せば、広い丘の上にはいくつも同じものが並び、そこにその数よりも多い、屈強な男たちがひしめいている。

 街で見かけた連中と同じく、彼ら、というよりここにいるのは全員が、領主に雇われた傭兵だった。

 もちろん、ハーリットもそのひとりである。少年冒険者は、ある理由によってこの領の傭兵に志願したのだ。

 ちなみに街の方にいたのは、承認に時間がかかっている者たちらしい――今回、領主ミハニカル・アングは、オーフォーク領との戦いのため、領全土に無制限の傭兵募集を行ったのだ。そしてその結果として、悪名高い連中まで集まってしまった。

「逆に言えば、ここにいるのは少なくとも、傭兵としては使い物になるって判断された奴らばかりってことだ」

「僕はただの冒険者だけどね」

「参加した奴が傭兵さ」

 マーティンは冗談めかして言いながら、「そもそも」と苦笑して肩をすくめた。

「この国じゃ、まともな傭兵団の方が珍しい。もっと中央の国なら別だろうけど、ここでは傭兵が使われるような事態にならないしな――普通なら」

「確かに、そうかもね」

 見れば実際、団を率いての参加している者はほとんど見つけられなかった。中にいくつか集団があるものの、単なる冒険者仲間や、その場で意気投合した者たちだろう。

 そして丁度それらしい壮年の三人組が、珍しいものでも見つけたようにこちらへ歩み寄ってきた。

「おう、若いの。お前らも傭兵に参加したのか」

 言ってきたのは真ん中に立つ、髭面の大柄な男である。といって、ハーリットから見れば全員が頭一つ二つほど離れた大柄だったが。

「大丈夫か、おめえら? こういう戦いは初めてだろ?」

「相手が新兵器を持ってるからって、怖くなって逃げ出すんじゃねえぞ? ははは!」

 右側のスキンヘッド男がわざとらしい心配声で言うと、左の逆毛男が馬鹿にして笑う。

 マーティンはそのなじりに不愉快そうな顔を見せたが――ハーリットの方は気になる言葉を聞き、挑発を無視して怪訝に聞き返した。

「新兵器?」

「なんだ、知らずに来たってのか? こいつは驚いたな」

「これじゃあ本当に、戦いが始まったら逃げちまうんじゃねえか?」

 疑問によって、左右の男たちの嘲笑はいっそう大きくなったようだ。真ん中の髭面は、笑いを堪えながらそれを制して言ってくる。

「それじゃあ、そうなる前に教えておいてやるよ――この領が宣戦布告した理由になった話だ」

 髭面はそうやって話し始めた。

 曰く、アング領の『ある町』で、町民がゾンビ化する事件が発生した。実際、領の討伐隊はそこで多数の這いずり回る死者を発見し、それを討伐した。

 しかし問題となったこの後で――どうしてそんな事態が起きたのか、ということだった。

「で、その原因ってのが、オーフォーク領の開発した新兵器のせいだって話だ。まあ相手の方は、アング領の兵器だって言ってるみたいだけどな」

「ガスだか煙だかで、吸った奴をゾンビにしちまうんだぜぇ!」

 髭面の締めくくった話に続けて、脅かすように逆毛男が付け足してくる。

 マーティンは実際、それに一瞬驚いたらしいが、ハーリットは恐怖するはずなどなかった……真実を知っているのだから。

「それは……魔物の仕業だ」

 その事件――エンダストリの町を襲った悲劇と顛末を思い出し、ハーリットは忌々しく呟いていた。

 わざわざ言うつもりなどなかったのだが、口が勝手に動いていたというべきか。そして言ってしまったからには、もう取り消すこともできない。

「あん? 魔物?」

「ああ。町の人々はそいつによって生気を吸われ、徘徊するゾンビに変貌させられたんだ。……その魔物は焼け死んだけどな」

 そうした話は、実際にその場にいた魔物研究家、アルフレドによって領にも伝えられたはずだった。しかし伝達の中で歪んでいったのか、そもそも信じてもらえなかったのか――意図的に歪められたのかもしれない。

 それでもゾンビの存在だけは確実なものとなったために、話がこじれ、間違った噂だけが広がっていき、不安や不信が募り……結果として、この戦いにまで発展してしまったのか。

 しかし――

「あっははは! 人の生気を吸ってゾンビにする、だってよ!」

「そんな魔物聞いたこともねえよ! だいだい、ゾンビだって怪しいもんだろうが」

「あれはただの一般向けの口実で、要は領主が戦争したかっただけさ。それを、くくっ!」

 三人組は少年の話を全く信じた様子なく、膝を打って爆笑し始めた。その場に転げ回らんほどであり、周囲の傭兵たちが何事かと注目するほどだった。さらにはマーティンも、「馬鹿にされたからってそんな話は……」と笑いの成分が強い苦笑を浮かべている。

 ハーリットはその嘲笑よりも、真実を理解されず、信じてもらえなかったことに強い憤りを抱いた。無条件に信じられると思ったわけではないが、それでも無念を抱かざるを得ない。

「っ、違う! 僕は本当に――!」

「あたしは信じるよ、その話」

 と、強く反駁に声を上げたところで……不意に横から別の声が割り込んできた。

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