第23話

 シアにしてみれば、それはさして大きな問題ではなかったが、世間にしてみればこれ以上ない、そして暗澹たる一大事に他ならなかった。少なくとも、今まで全くそれを知らずに生きてきた人々は数多くいるし、そうでなくとも突然のことには違いない。シアの住む町は比較的辺境にあるはずだが、それでも町の中は騒然としているようだったし、冒険者が集う、そしてシアが屋根裏に忍び込んでその冒険者たちの噂話を盗み聞きするのに利用する酒場でも連日、ほとんど全員がそれについて話題にしていた。

 しかし無理からぬことではある。シアの住むオーフォーク領に対し、隣接するアング領が宣戦布告してきたのだから。これほどの事件の話題を止めることが不可能であることは、ほんの一年前まで外界との交流の一切を絶ち続けていた、屋根裏部屋に潜む悪霊めいた少女にも、薄っすらとではあるが理解できていた。

 だからこそシアは仕方なくその噂話を題材に取って執筆を行うことを決めたのだが、それが全く自分には興味がないもので、なんの実りもないつまらない話ばかりではないことは、渋々ながらも熱心に盗み聞くうちに少しずつ判明してきた。

 冒険者の間でもっぱら話題になっていたのは他でもなくこうした領間での争いについてなのだが、仔細に聞けば彼らは戦いが起きることそれ自体よりも、同業者であるどの冒険者がどちらの領に加担することになったか、あるいは誰がこの界隈から離れていったのか、誰が変わりにやって来たのかという情報を交換して合っているようだった。

 最初のうちは大きな成果を上げたらしい名の知れた冒険者やその組織などの話題が持ち上がり、次第に日数が経ちそれが固まっていくと、次はそれらよりも一段落ちる者や、現在名前を売り出し始めている新鋭、最近は名前を聞かなくなった古豪に気が向けられ、その後に身内や顔見知り、そして出身領を裏切った者へと続いていった。

 そうしてそこまで話が進んだある日に持ち上がった話題は、オーフォーク出身の若い冒険者のいくらかは、アング領の側についているという噂だった。これについて冒険者たちは冗談めかして叱責しながらも、実際のところさほど気にした様子がなかったのだが、それは彼ら冒険者がある程度、いわゆる無頼として生きているという自負によるもののおかげだろう。まして彼ら、年齢を重ねた冒険者たちにとっては、若い冒険者がアング領に味方する利点、あるいはそれが利点となると考えるに至った経緯について、全く理解ができないわけでもなかったらしい。ともすれば彼らも同じ道を辿ってきたためかもしれず、それはアング領がオーフォークに比べて戦力に乏しいためであるらしかった。つまりは戦力に劣る方に味方することで名を挙げやすくなると考えている、ということのようで、それに加えてアング領は現在、その宣戦布告に至るまでの経緯によって、オーフォークよりも人々の口に上りやすい状況にあった。

 しかしどうあれ、シアが最も気にしたのはそうした、その若い冒険者という言葉に他ならなかった。シアはエンダストリの一件以降、常に自らが羨望を抱く少年冒険者のことを気にかけ続けており、我ながらほとんど病的とも思える思考によって、若い冒険者と聞くと必ず少年に関連付けてしまうという癖を作り出してしまっていた。これを正しく解決するには、もはや自らが出向いて実際に調べ上げる他にないことはわかっているのだが、やはりそれをすることができないまま、ただ身を焦がすような思いの中で焦燥感に駆られ続けるだけだった。

 ただ、それでも今回の噂に関してシアはなんらかの超常的な、因縁めいた根拠のない直感によって、少年冒険者と全く無関係でないのではないかと思えてならなかった。そして同時にもうひとつの超常的な根拠のない空想として、この二つの領の戦いが、単純な戦力の争いのみに留まらないのではないかという予感を抱かざるを得なかった。

 そしてまさにそれを証明するように、シアのもとには恐るべき未知なる邪悪の意思が渦巻くような、奇怪な噂が飛び込んでくることになった。

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