第22話

■3


 大陸の北部に位置する小国、コールウッド国は、その国土を十二の『領』として区分けしている。

 それらはそれぞれ、国王から任命された領主が治めており、その中に存在する都市や町、村はそれぞれの長が治める。

 この長は領主が任命する場合もあれば、選挙によって市町村民に選ばせることもある。そのため、全ての市町村の任命方法が統一されている領もあれば、全くバラバラという領もあり、それが各領特徴、市町村の特徴にも繋がっている。それは同時に長と領主との癒着、あるいは逆に対立という構図が生まれやすくもあるのだが、どのような政策でも生まれてしまうものか。

 いずれにせよ現在問題となっているのは二つの領と、一つの町を巡るものだった――

「領主の住む都市、か」

 ぽつりと、ハーリット・ヘレディは呟いた。黒い厚手のズボン、深い青のインナー、申し訳程度の皮製胸鎧と、その格好を見れば彼が冒険者であることは一目瞭然だろう。十四という年齢相応にはやや足りない背丈だが、引き締まった体躯と強い意志が、幼さを打ち消している。

 しかし黄金の髪と灼熱の瞳は、今はどこか深刻そうな色に沈んでいた。彼が見渡すのは、市壁をくぐった先にある街並みだった。

 アング領の主要都市、ニーベル。

 領主、ミハニカル・アングの住まう大都市で、最北の丘にそびえる戦術砦のような領主の邸宅は、名物のひとつとなっている。

 実際に砦としての役目を果たすことも可能と言われており、領主の従える軍隊の拠点も、この邸宅の敷地内に存在する。

 そして今まさに――その役目が果たされようとしているかもしれなかった。

「街の方は平和……ってわけにもいかないか、当たり前だけど」

 大通りを真っ直ぐに歩きながら、ハーリットはため息混じりに独りごちる。

 都市の入り口から続く、異様に道幅が広い通りだ。左右から子供がボールを投げ合うくらいはできるだろうし、普段ならば実際にそんなことが行われていたかもしれない。

 全ての通りは都市中央の噴水広場から放射線状に広がり、市壁まで続く八本の大通りと、それを蜘蛛の巣状に結ぶ無数の脇道で構成されている。それぞれの大通りには大小の商店が並び、中央の噴水広場には屋台や行商、大道芸人などが集い、活気ある姿を見せている――はずだろう、普段ならば。

 しかし今、ハーリットが歩く道には往来する市民こそ多く存在するが、とても活気があるとは思えなかった。商店の五分の一ほどは鎧戸が下りている。

 噴水広場はさらに顕著だった。美しい模様を描く石畳や、整備された並木や花壇を持ち、四方には芝生地帯まで存在するほど力を入れられているのだが……今はそこに、ぽつりぽつりと屋台が点在するだけで、行商も大道芸人もおらず、市民の姿もほとんど見えなかった。

 都市全体が暗く淀み、耐え難いほどの不安を抱えている――

 そう感じるのは、まさしく市民たちがそうした表情をしているからだった。通りの商店で買い物をする主婦らしき人々が口から吐く大半がため息で、会話も不安を抱いた愚痴ばかりである。

 さらに――ハーリットが北の通りに入ると、空気はいっそう悪化した。

 というより、見かける人々すら大きく変貌していた。

 物々しい、剣呑な雰囲気辺りを重く包み込んでいる。そこに往来するのは大半が鎧を着込むか、筋骨隆々の身体を見せ付けるかしている、柄の悪い男たちだった。多くが武器を携えながら、我が物顔で歩いている。

「なんだ、てめぇ! やろうってのか? この東の竜巻に勝てるつもりか?」

「お前こそ身の程をわきまえろよ。俺が西部の虎だって言やぁ、敵う相手かどうかはわかんだろ!」

 道の真ん中で睨み合いをしていたのはふたりの男。どちらがどちらかはわからないほど、似たような悪人面をしている。ハーリットはため息と共に道の端に避けて、それを通り過ぎた。

 他の連中も、騒ぎこそ起こしていないが、いつそうなっても不思議ではなかった。声が汚く語気が荒く、血の気の多い顔ばかりである。そのせいか北の通りの商店は、ほとんどが休業しているようだった。

 開いているのは宿くらいで、そこに出入りするのはやはり物騒な輩ばかり。彼らは明らかに市民ではあり得ず、旅人や冒険者というのもまた違う。

 ハーリットはその正体を理解していた――傭兵だ。

 ただ、彼らがこの都市に似つかわしくないと思っていたのは、砦――領主の邸宅に通じる門の前に立つまでのことだった。

 衛兵の守護する門をくぐると、そこからは曲がりくねった丘の土道になっているのだが……そこはむしろ、柄の悪い傭兵たちの方が明らかに相応しいと思える。

 武装した兵士たちが往来し、傭兵の数も街中の比ではない。これみよがしに得物を抜き、状態を確かめる者や、自分が最近参加した戦での武勇伝を自慢し合う者、左右の芝生にキャンプを張る者など、雑多で物々しい活気に満ちている――

 そこは完全に、戦場の気配を湛えていた。

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