第21話

 ――実のところシアは、執筆に際して死者徘徊の噂の他に、もうひとつの噂というか情報を耳にしていた。シアはそれを聞いた時に身震いしたのを覚えているし、それが不安や恐怖、さらにはすぐさま自分が部屋を呼び出し、エンダストリの町へ向かわなければならないという考えさえ浮かび上がらせた。それを実行することができなかったのは他でもなく自らの臆病によるものであり、情報が足りず、その話と自分の推測の間に確実な一致を見い出すことができないという言い訳をすることにも、少なからず自己嫌悪を覚えざるを得なかった。

 シアの住む町の酒場で、冒険者たちは夜が深くなるほど今回の死者が徘徊する町の怪談話をしやすくなったのだが、その中のいくつかには、『研究者が若い冒険者を連れて町に入っていった』という内容が含まれていたのだ。これは冒険者たちが同業者、それも怖がらせやすい年下の冒険者への恐怖を煽るための常套句と取ることもできるが、シアにはそれが真実の情報あり、また何よりもその話に出てくるのが、自作する小説の中でハーリットと名付けた、名も知らぬ憧れの少年冒険者ではないかと思えてならなかったのだ。それが結局のところ漠然とした不安に変わっていき、死者徘徊というありふれた怪談話の中にシアが一種の恐怖や信憑性を抱き、死者徘徊の事実を認め、同時にそれを少年が解決して無事に帰還を果たすという結末を迎える小説を執筆するに至った経緯だった。

 シアは今回こそ事件の続報を知りたくなったが、それでもやはり腰を上げるだけの勇気を持ち合わせてはいなかった。そのために強い自己嫌悪を抱いてしまうのは、そもそも一年前、自らが小説を書き始めたきっかけが、少年冒険者の語った勇気に感銘を抱いたために他ならない。しかし今この瞬間にはその当時を思い出すことが不義理で、またさらに自己嫌悪を増させるだけにしかならないこともわかっていたため、シアは考えを別のところへ持っていくためにしばらく苦心を続けることになった。

 そうした結果として深夜の酒場で新たな『噂』を耳にすることになるのだが……盗み聞いたその『噂』は、シアをまた別種の不安に陥れ、際限なく心を騒がせるものだった。

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