第6話
二階には個室がふたつあり、どちらも内装は同じで全団員が共有するらしい。トイレや風呂も共同のものが二階の奥にある。
室内に置かれた家具は宿と変わりなかったが、質はだいぶ落ちるようだ。ぼろけた木の机とベッドが、奥にある窓の側に並んでいる。
キーウェルはそのベッドの方に座り、椅子をハーリットに勧めてきた。そして腰を下ろすのと見届けてから、切り出してくる。
「それで、何から話そうか。残念ながら犯人の心当たりなんかはないけどね」
冗談めかして肩をすくめる自警団の男。ハーリットはそれに取り合わず、ひとまず最も手近なところから質問を投げかけていった。
「副団長というのは、昨日口論をしていた方、ですか?」
何気ないことのつもりだったが、キーウェルは驚いたように目を見開いた。そのまま数度、大きくまばたきしてから、軽く笑ってかぶりを振る。
「参ったね。誰かが入ってきたのはわかっていたけど、キミだったのか」
「会話の内容はほとんど聞いていませんが、揉めていたようですね。それに、さっきのシェルさんとの会話――」
「お、おいおい、いきなり厳しいところを突いてくるね」
男は焦るように顔を歪め、汗を流しながら、制止のように小さく両手を上げた。実際、ちょっと待ってくれと言ってから苦笑して、嘆息する。
「確かに、僕と副団長とあまり仲がいいわけじゃないし、その座を狙っている。だけど勘違いしないでくれよ? 野心なんて誰にでもあるものだからね」
「それはまあ、なんとなくわかります」
「そもそも仲が悪いのは、なにも僕と副団長だけじゃないんだ」
キーウェルはそう言いながら、種明かしでもするように両手を広げた。
「副団長はこのところ毎日、無能な団長にはついていけないと愚痴っているし、ラッツとルグは最近しょっちゅう自分のミスを相手に押し付け合っている。シェルに至っては入団以来、仲のいい相手なんかいない。今は警邏に出ている他の連中だって、最近はずっとピリピリしてるさ」
それは調査に協力するというより、単なる愚痴のような調子だった。あるいは仲間を売る悪党か。
いずれにせよ、ハーリットはそれを聞いてふと気になることが生まれた。
「最近というのは、盗賊事件が起きてから、ですか?」
「ああ、まさにそれからだよ。犯人を捕まえられない上に、あの噂だからね。もう団員はみんな、周りの連中が全員賊に見えてるんじゃないかな」
「…………」
その話を聞き、ハーリットは腕を組んで考え込んだ。
降って湧いた自警団に対する黒い噂。それに端を発する団内の亀裂。これ自体は外部から仕掛けられたとも、内部から仕組まれたとも言える。しかしハーリットは内部に賊がいることを知っている。ということは、相手の狙いは――
「た、大変だ! みんな集まってくれ!」
巡る思考を遮るように、聞こえてきたのは団長、トイルの声だった。一階から、二階の部屋までハッキリと聞こえるほど大きな、慌てふためく声。
ハーリットたちは何事かとふたりできょとんと顔を見合わせて、「とにかく行ってみよう」と急ぎ階段を下りていった。
一階の広間に着くと、そこにいたのは先ほど見たのと同じ面子だった。相変わらずサボっていたらしいラッツとルグ、外出したように見えたが元の机に戻っているシェル。
それに加えて、団長であるトイルが出入り口の前に立っていた。警邏から全速力で駆け戻ってきたように息を荒げ、額から汗を噴き出させ、膝に手を付きながら大きく肩を上下させている。
ハーリットはふと、彼が片手に紙を握り締めていることに気が付いた。忌々しげに強く掴んでいるおかげで、くしゃくしゃになっているが。
彼は団員たちが怪訝そうに首を傾げる中、ようやく少しだけ呼吸を落ち着けると、しかし全く落ち着いていない声音で叫んできた。くしゃくしゃの紙を、破れそうなほど強く広げて。
「大変だ! こんなものが、町の中にばら撒かれていたんだ!」
ハーリットを含み、自警団の面々が集まって紙を覗き込む。そこに書かれていたのは――町の地図だった。
しかしそのところどころにバツ印が付けられており、地図の下にはこんな文言が記されていた。
「『今夜、この内のどこかを襲撃する。死を恐れるなら逃げることだ』――」
「こいつは……犯行予告じゃねえか!」
ハーリットが読み上げると、声を上げたのはラッツだった。それと同時に、団内は騒然とした雰囲気に包まれる。
「そうだ! 今、町中は大騒ぎだ!」
「犯行予告だと? ふざけんな!」
「舐めたまねしやがって、クソ! 俺たちなんか怖くないってのか!」
口々にそんなことを言い合う。団長は蒼白になって混乱し、ラッツとルグは、自分たちを挑発する賊の行動に憤慨し、顔を赤くしている。
その中でキーウェルは、同じく怒りながらも、慌てふためく男たちを軽蔑するように鼻を鳴らした。声を荒げて賊と、団員たちに向かって吐き捨てる。
「ふんっ。こんなの、あからさまな罠じゃないか! 無視すればいいだけだろう?」
「それは恐らく、不可能です」
達観しようとする言葉を、しかしすぐさま否定したのは、シェルだった。いつもとなんら変わりない調子で、無感動な目を予告状に向けながら、淡々と言ってくる。
「町民はこのことを知っています。その状況で予告を無視して、本当に予告通りの襲撃が行われた場合、どうなるかわかりますか」
「ぐっ、それは……」
そうなれば間違いなく、自警団の存亡に関わるだろう。ただでさえ危うい立場に追い込まれているのだ。こんな予告が出回ってもなお、自警団に誰ひとり町民が駆け込んでこないのが、その最たる証拠だった。
「けどよ、こんなあからさまな罠だぜ? 予告と違う場所を襲われたって、結局は見抜けない俺たちのせいってことになるだろ!」
「おいおい、じゃあどうしろってんだよ!」
「俺が知るかよ!」
ルグとラッツが言い合い、頭を抱える。キーウェルは爪を噛み、反論も良案も閃けないことに苛立っているようだった。シェルは何を考えているのかもわからず、団長は……予告状を広げたまま、どうすればいいんだと嘆いている。
とりあえずハーリットは、その予告状を改めて見直してみた。
地図は町全土を示すもので、北から南まで、広範囲に渡って予告の印が付けられている。
印の数は六つ。教会、商工組合、有力な議員と、その後援者、悪辣な宝石商、そして町長――いずれも町の中では大きな財や地位を持ったものばかりだ。
しかしそれを見ながら、少年冒険者はふと引っかかるものを感じた。それに首を傾げながら、団長に問いかける。
「トイルさん、この自警団に団員は全部で何人いるんですか?」
「え? あぁ、えぇと、確か私を含めて……十三人、かな?」
団長はよほど混乱して、焦っているのか、ひとりずつ思い出しながら指折り数えて答えを出した。そしてそれを聞きながら――横から口を挟んできたのは、シェルだった。
「つまり……全ての予告場所にふたりずつ配置すれば間に合います」
「そうか、その手があったか!」
その言葉に、名案を得たというように、団長がパッと顔を明るくさせた。拳を握り、そのせいでまた予告状がぐしゃりと潰される。
彼はすぐさまその提案を実行に移そうとしたようだった。
「よし、今すぐ警邏中の団員も全て集めろ! 二名ずつ、予告された場所に向かえ! 班分けはまず私が連絡係として詰め所で待機し、残りが――」
「待ってください、トイルさん」
しれっと自分を逃がそうとする臆病団長の言葉を遮ったのは、ハーリット。号令を受けて外へ飛び出そうとしているラッツやルグも手で制し、引き止めてから、真剣な様子で指を一本立ててみせる。
団員たちが注目する中で、少年は不敵に告げた。
「その班分け――僕に決めさせてもらえませんか?」
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