第5話

 翌朝。ハーリットが自警団詰め所に行くと、今度は怒鳴り声が聞こえることもなく迎えられた。対応したのは団長で、彼はハーリットを招き入れると、所用があると言って出て行ってしまったが。

 詰め所の内部は、外観の印象よりは広いようだった。しかし家具と人によってやはり狭苦しい雰囲気は拭えない。窓から入り込む潮風の空気が、内部の石と汗臭さを多少中和しているのが救いか。

 出入り口から入ってすぐに板張りの広間になっており、そこに四人掛けの木製のテーブルがふたつ、壁際に個人用の書き物机がふたつ置かれている。奥には階段があり、二階はふたり分の居住スペースになっているらしい。

 広間にいるのは三人だった。テーブルで茶を飲みながら談笑する男たちと、書き物机に座って背を向けている女。

 ハーリットはまず、男たちの方に声をかけた。団長が約束した通り話は通っているらしく、事件についても――快くはなさそうだったが――聞くことができた。

「つっても俺たちにわかることなんか、まだ捕まえられてないってくらいだけどな」

 男のうちのひとり、ラッツというらしい二十を超えた頃だろうという黒髪の男は、そう言って肩をすくめた。それと向かい合う、同年代のルグという若い男も、短い茶髪を払うように頭をかき、嘆息する。

「だいたいその『噂』ってやつも怪しいもんだぜ。誰が言い出したのか知らねえが、団の中に犯人がいるなんて、なあ?」

「俺たちが犯人を捕まえられないからって、嫌がらせで流されただけじゃないのか?」

 ふたりはそう言い合って、不愉快そうに鼻息を鳴らす。

「団内でそういった素振りの人物は見かけない、ということですか?」

「……まさか本気で、俺たちを疑ってるのか?」

「噂が嘘だと証明するため、です」

 ハーリットはそう答えながら、実際のところ彼らを疑っているということではなかった――確信しているのだ。団内に犯人の一味がいると。

 昨夜の襲撃は、まさか偶然ということはないだろう。意図的に、妨害を狙ったものだ。だとすれば相手は、ハーリットが今回の事件を調査しているのを知っていたはずだ。そのことは団長、そして団長から聞かされたであろう自警団の団員たちしか知らないのだから、必然的に屍旅団の一味もそこにいるということになる――もっとも、その中の誰かということまではわからないが。

「誰か怪しい人物や、言動などは?」

「怪しいって言われてもな。賊と密会したのを見つかった奴もいねえ。そもそも俺たちは警邏の時、基本的にひとりだから、誰が誰と密会しようが見つかりゃしねえけどな」

 面倒臭そうに手を振りながら言ってくる黒髪の男、ラッツ。しかしそこにふと茶髪の方、ルグが待ったをかけた。

「いや、待てよ? ひとりだけいるんじゃないか?」

「ひとり? ……あぁ、そうだったな」

 ラッツも合点が入ったように、声を潜めて頷き始める。そして何が可笑しいのか、茶化すような意地悪そうな顔で笑い合う。

「誰か、心当たりが?」

「心当たりもなにも……ほら、そこにいる、あいつだよ」

 笑い声を潜ませたまま、ルグは肩越しに親指で壁の方を指した。そこにいたのは、ずっと書き物机に向かっている団員の女――ハーリットですら顔を見ずともわかるほど、彼女は独特の雰囲気を持っていた。確か、シェルという名前だった。

「怒ったところ見たことはないが、笑ったところも見たことがねえ。無愛想なことにかけちゃ、団内でも随一だ」

「誰も住所を知らないし、誰との付き合いもない。こいつは怪しいなぁ、おい」

 ふたりはそう言い合うと、今度こそ声に出して笑い始める。ハーリットはそれを聞きながら、女――シェルの後姿を見つめた。大笑する声も耳に入っていないようで、机に向かい続けている。

 実際のところ、男たちは単なる冗談で言っていたのだろう。しかしそれでもハーリットは気になって、男たちとの話を切り上げるとシェルの方に向かった。

 真後ろに立っても、彼女は全く気に留めない。ただ黙々と、報告書らしきものを書いている。その邪魔をするのは気が引けたが、仮にそれを書き終わったとしても、彼女はすぐに次の作業を始めてしまうような気がして、ハーリットは意を決して声をかけた。

「すみません。少し、話を聞かせてもらってもいいですか?」

「…………」

 すると彼女は無言のままだが、まるで本当に今まで存在に気付いていなかったように、意外なほどあっさりと手を止めてくれた。しかしペンを置くと肩越しに振り返りながら、不機嫌そうに腕を組んだ。

 ハーリットはその硬質な眼光に気圧されながら、それでもなんとか声を絞り出す。

「えぇと、盗賊事件についての話を……」

「…………」

「聞かせてもらえたらな、と……」

「…………」

「……なんでもないです」

 全く何も答える気がないという彼女の雰囲気に心を折られ、項垂れる。

「おいおい、ダメだろ? 協力してやれって団長から言われたんだから」

 と、そこに別の方から声が聞こえてきた。見れば、階段からひとりの男が降りてくる。その顔にはなんとなく見覚えがあった――昨日、言い争いをしていたうちのひとりだ。若者の方だろう。いかにも好青年といった顔立ちと声、短く揃えたグレーの髪を指先で整えながら、歩み寄ってくる。

「あなたも、団員の?」

「ああ。僕はキーウェル。すまないね、うちの部下は愛想がなくて」

 あくまでも好青年然とした笑顔を見せながら、手を差し出してくる男、キーウェル。とりあえずそれを握り返すと、横からぽつりとした硬質な声が聞こえてきた。

「役職は、団長と副団長以外、全員同一です。貴方は上司ではありません」

「……あんな男、すぐに追い抜いてやるって意味さ」

「貴方に副団長を超える能力があるとは思えません」

「っ、この……!」

 女の言葉にキーウェルが苦々しく顔を歪ませる。ほとんど彼女を睨み付けるようでもあったが、シェルの方は全く意に介さず腕を組んだままだった。

「あの……」

「っと、すまない。なんでもない、こっちの話だ」

 声をかけると、キーウェルは慌てて取り繕ってまた顔を明るくさせた。多少ぎこちなくはあったが、咳払いをして気を取り直すと、女の方を一瞥してから言ってくる。

「無愛想な『後輩』の代わりに、僕でよければ協力するよ。待機中は暇だしね。……そこの男共はサボりだけど」

 そう言って今度は、ラッツとルグの方を一瞥し、鼻を鳴らした。

(なんだか、ギスギスしてるんだな)

 ハーリットの感想はそんなところだったが、ともあれ話を聞くため、キーウェルに連れられて二階へ上がることになった。その途中、ちらりと女の方を見ると――彼女は書類を持って席を立つと、そのままどこかへ行ってしまった。

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