第3話
ハーリットは自警団の団長、トイルと共に町の中を歩いていた。
海に面する南端には港があり、町はその漁業を中心として栄えてきた。というより他に特徴のない町だ。潮風と平穏を好む者には良い土地かもしれない。
あとはせいぜい、海の近くには石造りの建物が多い、というくらいか。自警団詰め所もその中のひとつだが、今はそこから少し北に離れ、町の中央にある大通りを歩いていた。
石を敷き詰めた道はごつごつしていて歩きやすいとは言えないが、それでも左右には屋台がまばらに並んでおり、買い物客も少なくない。団長が言うには、最近では一番の人混みらしい。この町は基本的に漁業で成り立っているのだが、不定期に交易のための貨物船が停まることがあり、今日と明日がまさにその停泊日である、というのが理由だった。屋台の大半は、そうした交易品を扱っているようだ。
それら屋台の奥に見えるのはたいていがなんらかの公的施設や商店の壁で、通りに面した民家はほとんどない。
「わざわざ歩かせてすまない。返ってこういった場所の方が、会話を聞かれにくいと思ってな」
「聞かれると、何か問題が?」
往来する人々の間を抜けながら言ってくるトイルに、首を傾げて聞き返す。すると大柄な団長は、その身体を萎ませるように肩をすくめた。
「今、自警団はその『噂』によって神経質になっている。団員に聞かれると、それを煽ることになってしまう」
そうした心境は、ハーリットも理解できるところだった。なんの罪もない、まして町を守っているという自負のあった自警団が、突如として盗賊の仲間だと疑われれば、苛立ちもするというものだ。
「盗賊について、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
「そうしたいところだが、残念ながら我々も大したことは掴めていないんだ」
でなければ自分たちで既に解決しているはずだからな、と言ってトイルは苦笑した。それでも彼は一応、続けてくる。
「先月からか、町に盗賊団が現れるようになった。最初は商店だったが、次第に民家も襲われ始めてな……」
トイルがちらりと視線を向けたのは、その被害にあった民家の方角だろう。大通りからは見ることができないが、彼の目にはその被害の光景が浮かんでいるかもしれない。
それを嘆くように、トイルはかぶりを振った。
「我々も当然、警備を強化した。しかしどうやっても裏をかかれ、捕らえることはできなかった。遭遇したことすらほとんどない」
情けない話だと言ってため息をつく。
自警団の中に手引きをした者がいるという噂が立ったのは、ここ最近のことらしい。自分たちの体たらくが生んだものだろうと、トイルは語る。
「盗賊団がどんな連中なのか、わかりませんか?」
「被害者からの情報は得ている。十人ほどで、人相まではわからないが、全員が男だ。それから――」
そう言うと、彼は不愉快そうに一度続きを躊躇った。しかしハーリットに促されて渋々、口にするのも恥ずかしいという様子で付け加える。
「奴らは自分たちのことを、『屍旅団』と呼んでいたらしい」
「屍旅団!?」
トイルはそれを、いかにもふざけた馬鹿馬鹿しい、挑発的な名前程度にしか受け取っていなかったらしい。
しかし――ハーリットにしてみれば、驚愕せざるを得ない名前だった。思わず声を上げて、隣を歩く大柄な男を見上げ、瞳を見開かせる。思わず足を止めてしまい、トイルが怪訝そうに立ち止まり、振り返ってくる。
「そいつらは、本当に屍旅団と……?」
「ああ。それは確かな話だが……何か知っているのか?」
震える唇から発せられた言葉に、問いを返してくる自警団の男。
知っているのかと問われれば、知らないはずがなかった。体温が上昇し、激情が頭を揺さぶってくる。
しかしだからこそ逆に、少年は冷静になることが出来た。長く深い息を吐き、首を横に振る。
「いえ……こっちのことです」
そう、これはあくまでも自分ことだ。今回の事件とは関係がない。しかしその名前を聞いたからには、この事件は意地でも自分が解決しなければならない。
『屍旅団』――五年前、ハーリットの父をさらっていったのも、その名を冠した盗賊団だった。
「どうした、賊を捕らえる案でも閃いたか?」
「……残念ながら、それはまだ」
ハーリットは改めて歩き出した。トイルに追いつき、再び並んで大通りを進みながら、激情を抑えて事件の話を熱心に聞いていく。
しかしそれ以上、目ぼしい情報は得られなかった。賊は襲撃を行うのに決まった周期を持っておらず、出没する地域も限定されない。財や地位を持った者が標的にされるという共通点はあるが、これは盗賊なのだから当たり前だと言える。その最たる町長の邸宅には、流石に手を出していないようだが。
ともかく唯一判明しているのは、自警団の目をかいくぐるのが得意ということだけだった。
「っと、もうこんなところまで来てしまったか」
トイルがふと立ち止まり、ハーリットも同じく足を止める。見回せば、情報収集に夢中だったおかげで大通りはとっくに過ぎ去り、町の北方に近付いていた。
閑静な住宅街の中である。というより民家がまばらで見通しがよく、出店が並んでいた大通りと比較すると寂しい印象すら受けてしまう。石造りの道が途絶えて土の通りとなっている上、木造の建物が多く古めかしさを感じさせるというのも原因の一端だろうか。町長邸もこの近辺にあるはずだが、活気付かせる役には立っていない。
と。そんな中をふと、別の何者かが歩いてきた。異様に堅苦しい足取りでこちらに近付いてきて――声をかけてくる。
「……団長。ここで何をなさっているのですか」
見ればその人物は、トイルと同じく自警団の制服を着込んでいた。
歳は二十の半ばほどだろう、女だ。短めに切られた茶色い髪に、無感動な目、整ってはいるが美人とも可愛いとも違う顔立ちをしている。背丈はハーリットと同じほどだが、いくら見続けても振り向こうという素振りすらみせなかった。
そんな女に、トイルは誤魔化すように手を振りながら、
「あぁ、えぇと、少し彼に用事があって、だな……今は詳しく話せないが、すぐにわかると思う」
「そうですか。では、私は詰め所に戻りますので。この時間の警邏の報告書は後ほど」
堅苦しい硬質な声で事務的にそう告げると、女はすぐさま立ち去ってしまった。すれ違いざまだけ、ちらりとハーリットの方を向いたような気がしたが……それを確かめる間はなかった。
「彼女も団員ですか?」
「ああ。シェルといって、ふた月ほど前に加入した。愛想はないが、まあ仕事はできる。……愛想はないが」
わざわざ繰り返してから肩をすくめ、かぶりを振る。
「ともかく、私も詰め所に戻る。すまないが団内での調査は明日からにしてくれ。今日のうちに私が団員に事情を説明し、話ができるようにしておく」
「わかりました、助かります」
無用に団内を張り詰めさせるのは、ハーリットも気が引けるところだった。まして、それで正しく話が聞けなくなるのは困る。
「屍旅団……見つけたぞ」
トイルと別れたあと、ハーリットはひとり残された住宅街で、興奮に奥歯を噛み締めながらそう呟いた。
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