第2話

 と、そこまで書き綴ったところで、彼女は手を止めた。前にしている机の上に置かれた紙――最近では亜麻や木綿よりも木材を原料をするものが増えてきた――の隣に、並べるようにペンを置き、解放された腕をぐっと突き上げて背筋を伸ばす。その拍子に後ろに倒れてしまい、無様な格好で背中を打ちつけることになってしまったが、その痛み以外に誰の目を気にすることもないのは幸いだった。

 ここは彼女の家で、家族はおらず、また仮に誰かが隣にいたとしても、今の彼女の姿を見ることはできなかっただろう。何しろここは明かり取りの窓もない天井裏で、一通り揃っているはずの家具も見ることのできない、ほとんど完全な暗闇に支配されているのだから。

 かといって彼女はなんらかの罰や、恐るべき邪悪の陰謀によって幽閉されているわけでもない。彼女――シア・カリウスは日頃からこうした環境で生活をしており、それはシアにとっては当然のことで、他者に驚かれるいわれもなかった。そもそも彼女はこの暗闇の中でも全てを、例えば紙に書かれた自分の小説を見ることも容易であり、そうであれば家具も、彼女自身の姿も、他者から見えなくとも問題にはならない。屋根裏が持つ独特の臭気はどうしても拭えないものがあるが、それこそ無関係のことだろう。

 とまれ現在のシアの頭にあるのはそうした自分自身の常識に関することではなく、ようやくおさまり始めた背中の痛みに関することでもなく、自らが執筆する小説についてに他ならない。

 実在する、とある少年冒険者をモデルにしたこの小説は、そこで起きる事件も全て実在のもの元にしており、シアは改めて今回題材に取った事件のあらましを思い出していた。これはシアの住まう町に集う冒険者が話す噂を盗み聞いたもので、『グアデンという町の自警団が盗賊団の手引きをしている』という内容だった。シアの住むコールウッド国の南にある小さな漁師町であり、領境というわけでもないが中心地には程遠く、名産品は近隣の町々とさほど変わらず、事件によって初めて小さな注目を浴びるに至った程度のものである。シアの小説の主人公を務める少年、ハーリットは、今回その事件を解決するために紙の上で躍動することになった。

 しかし再びペンを取りながら、シアは奇妙にも不可解な、噂話の奥底に潜むある種の違和感を感じていた。彼女はそれが紛れもなく単純な錯覚や、作品を書くにあたっての考えすぎによるものでしかないと無視したが、それでも全く不可解なことに、ペンを走らせるたび今回の事件がなんらかの重要な、暗澹たる役割を担っているのではないかという思いが強くなるのを止められなかった。

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