「僕」と「私」の物語
今回のお題――【大盛りつゆだく】 【アンサンブル】 【愛の対義語】 【教条主義】
……幼馴染がいた。
なんでもできる奴だった。
周囲の誰をも必要とせず、孤独に生きていける、そんな奴だった。
だから、あいつは――
これは、きっと青春と呼べた過去の物語。
僕と彼女の、最初で最後の物語――
◎◎
「なあ、今日なんか食べてかねーか?」
「ヨシギュウか、スキヤ、どっちがいい?」
「ヨシギュウ一択」
「そして豚丼一択だ」
「俺達に牛丼はまだ早いのか……」
「仕方ないな、豚丼だけが学生の味方だもん。あ、僕は大盛りつゆだくにする」
それなら牛丼頼んだ方が安いな。
そう言って、腐れ縁の学友、
つられて僕も笑う。
学校の帰り道での談笑だった。
繁華街から一つも二つも外れた通学路を、自転車を押して歩きながら、僕は夕焼けの空を見上げる。
部活帰りなのでこんな時間だが、琢磨は別に部活動をやっていない。
こいつは僕を待っていたのである。
「なんか、用だったか」
「……ちょっとな」
琢磨は苦笑した。
「キヌサエ知ってる?」
「あー……」
僕はなんとも言えない表情で頷く。
キヌサエ――
「で、そのキヌサエがどうした」
「コクられた」
噴き出した。
ゲホゲホむせていると、琢磨が言う。
「冗談だ」
「……おい、世の中には言っていい冗談と悪い冗談が――」
「おまえのことを洗いざらい吐かされたよ」
「……冗談、ですよね?」
残念ながら。
申し訳なさそうにそう言って、彼は肩をすぼめてみせた。
僕は、思わず自転車を止めて頭を抱える。
キヌサエ。
彼女の名は、学校中に轟いている。
曰く――宇宙人の先兵と。
◎◎
「あなたが弓道部のエースね! 昨日、篠崎琢磨から聴取したとおりの外見だわ! 間違いない。あなた、ちょっと地球の平和をかけて私と勝負しなさい!」
学校に登校し、朝練でもしようかと弓道場に顔を出した瞬間かけられた言葉がこれである。
どうか僕の心中を察して戴きたい。
「キヌサエェ……おまえなぁ、そんなことばっかりしてると、友達いなくなっちまうぞ?」
「この星の人間はコミュニティーを作りたがっていやだわ。人って言うのはね、最終的には孤独なのよ」
あー、さいで、と。
辟易とした表情を隠すこともなくその場を後にしようとすると、肩を掴んで引きとめられた。
「なんだよ」
「勝負してよ。地球、守りたくないの?」
「…………」
彼女が、宇宙人の先兵と呼ばれることには理由がある。
学校の内外を問わず、才能がある人間に喧嘩を吹っかけてはことごとくそれを叩きのめしているからだ。
そしてその理由が、自分に勝てないと地球は宇宙人に侵略されるからだという。
はっきり言ってバカらしいし、すごい勘違い系の電波な症状だと僕は思っている。
他人事なら、まあ見ていて楽しいかもしれない。
だが、こうやって実際からまれると嫌気がさす。
そもそも。
「キヌサエ。おまえ、弓道やったことは?」
「ないわ。でも私の方が強い」
「弓道は強い弱いじゃない。精神修養が肝要な道術だ」
「それでも、私の方が優れてる。なあに、それともあなたは私に、今日いま初めて弓に触るような人間に負けると思っているの? そんな心意気で、地球が守れるとでも?」
その言葉にむっとしなかったかといえば、嘘になる。
だが、それ以上に覚えたのは違和感だった。
この女は、嘘をついていない。
その眼は正気そのものだし、言葉に淀みもない。嘘吐きにありがちな言葉の繰り返しもみられない。
なんというか、僕は、ちょっと変な気分になってしまった。
だからだろうか、そんな
「なあ、キヌサエ。おまえ――」
ひょっとして、本物の宇宙人にあったことがある……?
◎◎
キヌサエに連行されたのは、学校から少し距離のある丘の上だった。
学校は休んだ。
もともと優等生というがらでもないので、特に面倒になることもない。
問題があるとすれば、彼女のテンションだった。
彼女は、非常にアッパーな様子だった。
なんというか、浮かれていた。
これ以上もなく、嬉しそうだった。
「私以外で宇宙人を見知っている人に会うのはこれが初めてだわ!」
などと、そんなことを言う。
もちろん僕は、宇宙人にあったことなどない。
ただ、宇宙人よりも宇宙人らしいやつを知っていただけである。
「この丘にいるのよ、さあ、ベントラーベントラーしましょう!」
「いるのに呼ぶのかよ、そしてその呪文はたいてい通じねーよ」
僕のツッコミを無視して、彼女は両手を広げ、お日様がさんさんと輝く空へと呪文を唱えはじめた。
「ベントラー、ベントラー、エロイムエッサイムゥー、エロイムエッサイムゥ、我は求め訴え――イア!イア! クトゥルフ、フタグン!」
「別のモンよんでんじゃねーか!?」
いや、広義ではそれも宇宙人だろうけどさ!
そうこうしているうちに、なんだか景色がおかしくなり始めた。
それまで陽光に満ちていた世界が、虹色に染まっていく。
ハッと気が付いた時には、そこはもう、先ほどの丘の上ではなかった。
周囲一帯が、銀色の光に包まれた不思議空間。
そんな場所に、俺達はいたのである。
そしてそこには、先客がいた。
いや――
『ヨウコソ。ココヘ・ルンル、ルンルー』
真っ赤なタイツに、銀色のラインがはしる、目が妙に角ばった人型の物体が、そんな音声を発した。
「あ、いまのはね、「ようこそ、地球人。我々は宇宙人だ」と言ってるのよ」
「ん、あー、ごめん。自分でついてきといてなんだけど、いまスッゲー帰りたい」
「なんで!?」
驚愕するキヌサエ。
だが、どちらかといえば俺が驚愕したい。
なんだこの、なんだ。
宇宙人?
えー……
『スワリ・コックロウチ汁・ノミマスカ?』
「「とりあえず座りたまえ地球人。いま、この星のお茶を煎れてあげよう」と言っているわ」
「嘘だ! コックロウチっていったじゃん!?」
コックロウチ。
つまりはGである。
そんな風に俺が騒いでいると、銀色の床が開いてなにかがせり出してきた。
……ちゃぶ台だった。
昭和臭たっぷりのちゃぶ台。
その上には、急須と茶碗が三組乗っている。
『ボクハ・レイジ・チタマハネラワレテ――シネ!』
「「本題に入ろう。地球は危機に瀕している」と、彼女は言っているわ」
「いま確実に死ねって言いましたよねぇ!?」
そしてさらっと彼女とか言いやがった。
女性なのか、その外見で女性なのか……いや、ひとを外見で見るのは人類の悪癖だけど。
いやいや、そもそも人じゃない訳だけど。
『シ……メドクサイ・マカセタ』
「「信じられないのは仕方がない。だから、実例を見せよう。これが君達には視えていない宇宙の真実だ」と言ってい」「絶対投げたよね!? いま解説をなげておまえがテキトーぶちかましてるよね!?」
「いいからほら、見なさいよこれ」
そこに映し出されたのは――
「――〝僕〟?」
そう、それは僕だった。
ただし、緑色の液体が充ちた円筒形のカプセルの中で眠る僕だった。
「これは――」
「……地球は、とっくの昔に滅んでいるの。正確には人類が住める環境じゃなくなったの。絶滅に瀕した人間を救ったのが、彼女たち〝セイヴァー〟だったわ」
キヌサエに曰く、ある理由により、地球は死の星になったのだという。
滅びゆくサダメの人類の前に、彼女――セイヴァーが降り立ち、人類を一時避難的に保護したらしい。
地球の環境の回復を待ちながら、いまの人類はコールドスリープの中にあり、僕たちの見ている現実は夢に過ぎないのだと、そう教えられた。
「……信じられない」
『ミエテイルモノダケニコシツシテ、ゲンジツヲウケイレナイノハニンゲンノワルイトコロヨ』
「「視えているものだけに固執して、現実を享け容れないのは人間の悪い所よ」」
それは宇宙的なアンサンブル、同時翻訳どころか、初めてセイヴァーが口にする意味を持った言葉の列だった。
「もっと、柔軟に考えて。応用力を活かして。想像して。弓道は精神修養の道術なんでしょう、こんな事で動揺しないで」
キヌサエが妙に熱く言葉を連ね、セイヴァーがその隣で何度もうなずく。
なんなんだ、それは。
宇宙人と電波女、そして弓道部員がちゃぶ台を囲んでいるだけで十分シュールなのに、そこで持ち出される話題が人類の滅亡と精神修養に教条主義を
ああ、まったく。
まったくさぁ……
「で、結局あんたらは、僕にどうして欲しいんだ?」
問う、一番大事なことを。
答えは――
「私に勝って」
キヌサエは、こう言った。
でないと――地球どころか人類が亡ぶから、と。
◎◎
とても素っ頓狂で、とても納得のいく話。
彼女が人類に抱いたのは、まさに愛の対義語だった。
「世界を滅ぼしたのは私なの。私が、退屈だなぁー、人間てくだらないな、ダメダメだなーって思ったから、世界ほろべーって叫んだの。そうしたら、本当に滅んじゃった。戻す方法は解ってる」
「おまえに、なにかで勝利すればいいわけか」
彼女は、頷いた。
「私に勝てば、世界は戻る。人間はすごいと思えるから、私は人を愛せる。でも、誰も勝てなければ、今度は絶滅する。そういうことよ」
で、そんな世界の存亡をかけて、こいつは今まで何人もの夢を渡り歩き、幾つもの世界を旅して、勝負を吹っかけてきたわけだ。
「そうして、僕とは弓道で勝負ってわけか」
「そのひとが一番得意なものなら、私より優れているかもしれないもの。それなら、私は退屈なんてしない」
はー、さいで。
僕は肩をすぼめ、そうして自分の格好を検分する。
いつのまにか、僕は弓道着を身に着けていた。
そうして場所は、学校の弓道場になっていた。
「勝負は一矢。どちらがより、的の中心を射られるか……そうね、先行は譲ってあげるわ」
彼女はそんなことを言ったが、それは侮辱に他ならなかった。
僕は無言で首を振り、彼女に先を促す。
お前が先に射れ――だ。
彼女は鼻で笑い、何処からともなく取り出した弓に矢をつがえる(もはやなんでもありだ)。
キヌサエは引き絞る。
その横顔は精悍で、ほれぼれするほどに美しかった。
ヒュン。
風切り音が響き渡る。
放たれた矢は的の中心ど真ん中――つまり黒星を、これでもかと言わんばかりに射ぬいていた。
キヌサエは、ため息を吐いた。
悲しげな顔だった。
「だから、先行は譲るって言ったのに……」
「勝ち誇ってんじゃねーぞ、ばかやろう」
先程の凛々しさから一転し、泣き出しそうな彼女を押しのける。
俺の手には、弓と矢。
つがえる。引き絞る。
眼を細め、閉じる。
「諦めるな、キヌサエ。おまえは――いつだってひとを見限るのが早すぎる!」
吠える。
イメージの中で、その場にある的が、距離が、一つになってゼロになる。
――その瞬間、放った。
「――うそ」
キヌサエの、間の抜けた声。
俺は目を開き、そうして背後で崩れ落ちた彼女に、サムアップを突き付けドヤ顔を決める。
放たれた矢は――彼女の矢を割り砕いて、黒星の中心に突き立っていた。
「なあ、キヌサエ。おまえがさ、どんだけいろんな世界を巡って、どんだけの天才たちに挑んで来たかは知らねーよ。その苦労も、全然わからねぇ……」
でもな。
でもよ。
「俺は、最初のおまえを覚えている」
「っ」
「世界が亡ぶ前の、おまえを知っている。だから――」
そう、悪い夢は醒めるモノ。
悪い奴は退治されて――お姫様はハッピーエンドを迎えるのだ。
「人間は、最後は孤独さ、おまえの言う通りだ。でも、まだ最期じゃない。だから、なあ、キヌサエ」
――もうちょっと、世界に期待しろよ。
僕は、そう言った。
彼女は。
彼女は何かを言うおうとして。
「――うんっ!」
強く、強く、結局は頷いたのだった。
その瞬間、世界は、世界は白銀に包まれて――
◎◎
「なあ、今日なんか食べてかねーか?」
「ヨシギュウか、スキヤ、どっちがいい?」
「ヨシギュウ一択」
「そして豚丼一択だ」
「俺達に牛丼はまだ早いのか……」
「仕方ないな、豚丼だけが学生の味方だもん。あ、僕は大盛りつゆだくにする」
僕のそんな言葉に、篠崎琢磨は苦笑して、それなら牛丼の方が安いと言った。
それに対して、
「あら? それは固執した考えだわ。ひょっとしたら今日から豚丼フェアとかで安売りかも知れないじゃない。世界には、可能性が充ちているのよ!」
背後からついてきていた僕の幼馴染、絹冴和多詩は、そんなことを言うのだった。
「ねぇ、
「なんだよ、幼馴染の和多詩ちゃん」
「私の心まで打ち抜いた責任、とってくれる?」
「…………」
応えはいらない。まだ答える必要はない。
それは、なんのことはない日常。
ただただ、青春と、平和と呼べる常なる日々。
いつまでも続いていく、誰も死なない、誰も不幸にならない、そんな物語。
僕は、
「私は」
――いまを生きている。
「僕」と「私」の物語 終
「私」と「僕」の物語 了
「私」と「僕」の物語 ~雪車町地蔵 短編集~ <外部企画にごたん投稿作品> 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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