二章 世界の姿

プロローグ

「ボロボロのシャツに片目黒髪の男? さあ、知らねぇな」

「そうですか。ご教示、ありがとうございます」


 青海は男に頭を下げた。



 今、青海はイルクイクから南へ向かったハイトレという町へ来ていた。もちろん踏田を追ってだ。

 だが情報収集をしてみたものの、踏田らしき人物の話を聞くことはできなかった。この町には寄らなかったのだろうか。


 しかしそれは考えにくい。イルクイクからここまで2日かかっているのだ。食糧の補給や休息などで普通ならば寄るはずである。

 もしかしたら町へ入れてもらえなかったのかもしれない。彼はいかにもという怪しい風体をしているため、入れたほうが逆に問題と見たほうがいい。


 となると、食料を得るために彼は魔物を倒しつつ進んでいる。或いは協力者がいるのだろう。

 青海はもう少し話を聞いてみようと思った。




「黒髪ねぇ。昨日女の子なら見たけど、男の人はわからないわ」

「ご教示、ありがとうございます」


 黒髪の女子と聞いて、青海はまず美深のことを考えた。押田と樺來の取り巻きのひとりは茶髪だったからだ。

 だがあれから1年以上経っている。こちらで染髪技術がなければ地の色である黒がかなり伸びてきているはず。それでは誰かわからない。


 それよりも美深か押田だったとしたら、入れ違いになっている可能性がある。美深であれば留まっているかもしれないが、押田ならば踏田と共に行動していると思われるため、もう出てしまっていると推測される。

 踏田もまた樺來を追っているため、のんびりとはしていないだろうし、なにより町へ入っていないのであれば尚更進もうとしているはずだ。


「それで、その女子はどのような容姿だったのでしょうか」

「ええっとねぇ、小さな女の子だったわ。これくらいの……」


 そう言って訊ねられたおばさんは、手で高さを表した。青海にはそれだけで十分だった。

 樺來の取り巻きのひとり、円岱えんたい綾琴あやこだ。声が高くけたたましい印象の子である。


 彼女がひとりで動き回っているとは考えにくいが、もし樺來が近くにいるとなったら踏田を見かけてもおかしくはない。なにせここはイルクイクから徒歩2日程度の場所なのだから。

 灯台下暗しと言うが、踏田はそんなヘマをしないだろう。急いではいるだろうが、焦ってはいない様子だったから。


 青海はおばさんに礼を言い、もう少し探ってみることにした。


 するとほどなくして有力な情報を得ることができた。

 話してくれたその人物、野菜屋台の親父の話では、黒髪というよりまだら、頭の上は黒髪だが髪の先は茶色かった女性を見たというのだ。


 青海はその人物を、押田と判断した。すると恐らくは踏田と一緒に南下しているだろう。

 昨日見かけたという話で、この町を出たと仮定するなら昨日か今日。もしいるのだとしたら遭遇する可能性もある。青海は速歩はやあるきで町の中を探し出した。




「黒髪で毛先が茶色い女なら、今朝方外へ出たぞ」


 その情報を得たのは、北へ向かう門の門番からだった。結局町を一周してしまったようだ。

 何故北へ? と青海は一瞬思ったが、町へ入れないであろう踏田が外で待っていたためだと推測できる。

 まだ昼前だ。急げば間に合うかもしれない。青海は更に足を速めた。





「────おい待てよおかしな恰好をしたガキ」


 町を出て5時間は経過したであろう距離で、青海は草陰から出てきた数人の男に囲まれていた。

 見るからにガラの悪い連中だ。短剣をちらつかせている時点でまともな相手ではない。


「僕のこと、でしょうか」

「ああん? 他に誰がいんだよ」


 きょろきょろと辺りを見回しても、周囲には青海とガラの悪い男たちしかいない。どうやら野盗に囲まれたようだ。


「おら金目のものを置いていけや」


 男たちは一斉に武器を取り出し青海に見せる。脅しているつもりなのだろうが、青海は深いため息をついた後、口を開く。


「申し訳ありませんが、僕は手加減ができません。できればこのまま退き戻って頂きたいのですが」

「ああん? なめてんのかテメェ!」


 自分は強いから手を出さないほうがいいよと言われているわけで、見下されたと感じた野盗どもは怒り、武器を振り上げ一斉に襲い掛かってきた。


『“”は“”となりて、我が心、力とならん!』


 青海は神宿を使い、威力の上がった腕で錫杖を思い切り振り、地面を切り裂いた。そしてえぐられた際に飛び散った砂利は、弾丸のように野盗へ打ち込まれた。

 たかが砂利のはずだが、それらは設置型地雷クレイモアのように広範囲へ打ち出され、肉を貫き骨を砕き、更には貫通して後ろの人間へもダメージを与えた。


 完全にやり過ぎだ。8人いた野盗のうち、5人が瞬時に絶命していた。


 大志の前にはこのようなもの、小事である。注意はしたし、そもそも襲ってくるほうが悪い。殺す気で来ているくせに殺されるのは嫌では通らない。

 だが人殺しは人殺しだ。それでも青海の心は揺るがなかった。それが良いことか悪いことかは別として、やらねばならないことがあるという使命のようなものが心身の支えとなり、マイナスとなりうる感情を希薄にさせていた。


 青海は錫杖をガシャンと打ち鳴らし、再び問う。


「退き戻っていただけないでしょうか」

「ひ、ひいいぃぃ」


 辛うじて命を取り留めた3人は、足をもつれさせつつ、慌てて逃げていく。その姿を見ながら青海は小さくため息をついた。


『これが志か』


 人を殺したのに、手が震えたり恐怖に身を竦めることはない。そういった気持ちを跳ね返すでもなく、当たり前のように受け入れてしまう。

 そして青海は再び歩き出す。立ち止まっていられるような余裕はないのだから。




 馬とかがあればよかった。それに気付いたのは、馬に乗って移動している人を見かけてからだ。

 しかしもう今更の話だ。町からはもうかなり離れてしまっているし、引き返してまた来る時間を考えたら、このまま次の町へ行ってから調達したほうがいい。


 楽をしたいという意味でではない。いや、元来無精な性格の青海が楽をしたくないはずがないのだが、今は違う。

 それはそうとして、馬を手に入れたい最大の理由は移動速度だ。この世界で散々マリナにこき使われたおかげで体力はついているのだが、移動力だけはどうにもならない。

 長距離走の選手でもあるまいし、1日に何十キロも走れない。


 といっても実際には馬だからといってそう長時間を走れるわけではないし、歩行速度だって人間と大差ない。それに馬はとても狙われやすい動物なのだ。

 将を射んと欲すれば先ず馬を、という喩えがあるように、馬さえ抑えてしまえばそう簡単に逃げられなくなるし、落馬によるダメージも期待できる。そして馬を駆るものは大抵それなりの金を持っている。

 騎兵隊など数が多ければ問題ないが、単騎だとそういう目にあう可能性がある。



 だが襲われるとなると、単独で歩いている人も同様なのだが。


「おう待てよガキ」

「はあ」


 またか。そう思った青海は気の抜けた返事をした。そこにいるのは男3人と女ひとり。一丁前に鎧と剣を装備している。


「ひとりで歩いているなんていい度胸じゃねえか」

「僕を襲ったところで、あなた方に利益をもたらすことはできません」


 そんなものは見ればわかるだろと言いたげな気持ちを抑え、青海はなにも持っていないとアピールをする。青海の荷物はたすき掛けに巻いた風呂敷に入っているだけなのだ。


「ちょっと待った。悪いな小僧、こいつ口がわりぃからよ。別に取って食おうってんじゃねえんだ」

「……なにかご用でしょうか」


 野盗のような軽装でなく、いきなり武器をちらつかせてくることもない。


「この道を行くってこたぁハリメドが目的地なんだろ? もしよけりゃ俺たちを雇わねぇか?」

「どういうことです?」


 彼らは組合メイソンリーの人間で、主に魔獣を狩っているらしい。

 この世界には組合メイソンリーというグループがある。主にあるのは工業組合、商業組合、市民組合、貴族組合など。実際にはもっと細分化されており、例を挙げると工業組合でも石材工業組合、木材工業組合、といった具合だ。


 そしてそれぞれの組合では自分たちの仕事を行いやすくするため、護衛ガードナを組合員にしている。彼らは主に魔物や魔獣などを倒すエキスパートで、木材工業組合ならば、木を得るために行く山の魔物から守ってもらうという感じである。


「話は理解させて頂きました。ですが、何故僕に雇われるのですか?」

「ああ、ちょっと置いてけぼりを食らってな。そいつが足を怪我しちまって、足手まといにならないよう他の護衛ガードナが組合員を連れて先に帰っちまったんだ」


 リーダーらしき髭の男が顎で指した男は、確かに足に怪我を負っていた。顔色から判断するに、それほど具合は良くないらしい。


「事情はわかりました。それでも僕と行く理由に見当がつきません」

「なに、ただ行く方向が一緒なら少しは稼ぎたいと思ってな。そいつの怪我の治療もあるし……」

「いや、だから俺を置いて行けって」

「バカ言うな。何年来の付き合いだと思ってやがんだ。意地でも連れて帰んぞ」


 そんなやりとりを見て、青海は少し考えた。

 口や見た目は悪いが、根はいい人物たちに思える。それにイルクイクからハイトレまでの2日間、ひとりで休むのはなかなか厳しいものがあった。常に周囲へ気を張ったままほとんど疲れの取れぬ状態で、そしてまた休む間もなくハイトレの町を出てしまっているのだ。できれば少しくらいゆっくりと休みたい。彼らのうちひとりは役に立たなくとも、3人いれば自分が休むことくらいはできるだろう。


 いや、4人を護衛にし、更に値引きをする方法が青海にはある。

 青海は怪我をしている男の傍にしゃがみ込み、怪我をしている足を見た。


『“血”は“治”となりて、其の傷、治療せん』

「なっ!?」


 怪我をした男は、足の痛みが消えたことに驚愕する。そして恐る恐る動かしてみるが、特に問題はない。まるで最初から怪我をしていなかったかのようだ。

 青海のとった方法。神宿にて、怪我人を治せばいい。

 これで彼らは治療費を稼ぐ必要もなくなるし、護衛の数は増える。移動速度的にも不安がなくなったわけだ。


「あ、あんたは一体……」

「大丈夫そうですね。それでは護衛、よろしくお願い致します」


 青海は笑顔でそう言った。

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