エピローグ

 火災から4日経過し、イルクイクの町はほぼ残骸だけになっていた。死者のほとんどは瓦礫の中から掘り出され、防壁のそばに並べられている。

 その中には青海の見知った人物もいたため、やるせない気持ちが溢れ出す。


 もっと早く来ていれば。

 そんな風に思うが、早く来ていたからどうなっていたというのか。結局この結末は変えられなかったかもしれない。踏田が言うように山彩がターゲットだった場合、逃し切ることもできなかっただろう。



『よぉ』

『……探してたよ、踏田』


 ひょっとしたらここに来ているかもしれない。そう思っていた青海は、予想通り踏田を見つけることができた。


『てめぇにちょっと話がある』

『俺からも、聞きたいことがある』


 踏田も青海を探していたようで、好都合だ。



 2人は町が見える、山を少し登ったところの木のそばに腰を下ろし、町の様子を見る。

 せわしなく動く人、亡くなった家族か、友人か、しがみつくようにして泣く人、自宅があったであろう場所に立ちすくむ人。いろんな人を見ていた。


『俺ぁ樺來を追う』


 眺めていたところ、踏田が突然切り出してくる。青海は視線を踏田へ移し、口を開く。


『そんな気はしてたよ。具体的にどこってのはわかるのか?』

『んなもんわかってりゃあ苦労ねぇよ。まあ察しはついてっけどな』


 樺來は南へ向かっていると思われる。理由としては、ここより魔獣も、そして人も弱いからだ。

 まず弱いところから攻め勢力を拡大する。そして徐々に北上するのだろう。臆病者ファンキーだったら力があっても慎重に行動すると読んでいるのだ。


『樺來君は最終的になにがしたいんだ?』

『んなもん俺ぁあいつじゃねぇんだからわかんねぇよ。まあでもああいうファンキーな野郎はよ、世界を自分の思い通りにしたがんじゃねーの?』


 樺來は日本でかなり動きを制限されていたのだろう。両親共に厳格だという話を青海はうさわで聞いたことがある。だから自由というものが、好き勝手やっていいなどと意味を履き違えているのではないだろうか。

 だがこれも推測。本当のところは樺來本人から聞き出すしかない。


『あとは長芽がどこにいるかは?』

『長芽か。知らねぇな。それよかおめーはどうすんだよ天原。あの人にゃ世話になってたんだろ?』


 山彩には随分と世話になっていた。この世界へ来てからの3カ月、彼女は教師であり姉であり、母のような存在だった。

 死の間際に出会った彼女は青海のことを覚えていた。そして元気な青海の姿を見て安心していた。そんな人物を目の前で殺されたのに怒らないわけがない。


 それでも、瓦礫に埋もれた町を見るたびぞっとするような力を持った相手だ。仇だからとそう踏み込めないでいる。


『……俺は……』


『チッ、てめーもファンキーだな天原。まあいい。勝手にしろ』


 踏田はろくでもない奴を見る目を青海に向ける。敵討ちとまではいかなくとも、墓前まで引きずり謝罪させるくらいの気概を見たかったのだろう。

 本当だったら一緒に来てもらいたかったのだろう。だが踏田の性格からしてそれは難しい。


 また暫しの沈黙が続く。2人は町を眺める。



『ああそうだ、こないだ答えてもらえなかったことをもう一度聞くよ。踏田はなんでこの町に戻って来たんだ?』


 なにかを話さないと空気がどんどん重くなる。今回は青海から質問を持ちかけた。

 真っ直ぐ見つめる青海から、答えないと先へ進ませないといった印象を受け、踏田は視線を逸らし気恥ずかしいのを隠すように言った。


『……樺來のヤローから離れるためとはいえよ、ちっとわりぃことしちまったからな。せめて逃げるくらいは手ぇ貸してやろうと思ってたんだが……』


 先日言わなかったのは、自分のキャラではないことをやろうとしていたことを言うのに抵抗があったのだろう。あと、実際には助けられなかったくやしさも。踏田は憎たらしげな目で町────瓦礫の山を見る。

 踏田が来た理由はわかった。だけどその台詞には不審な点がある。


『まるで樺來君が何かするのがわかってたみたいじゃないか』

『まぁな。んで、やるなら助けが来れない濃霧の日を狙うと思ってたら案の定だ』


 年に数回、この辺りは霧に包まれる。踏田は半年ほど前から霧の日は樺來がなにかをすると思い張り込みをしていたようだ。



『もう話すこたぁねえな。んじゃ、今度こそ本当に別れだな。俺は────』

『ちょっと待ってくれ。踏田は今までどこでなにをしていたんだ? 押田も一緒なのか? それに……』

『……それを答える義理ぁねぇな。じゃあてめぇはどこでなにしてやがった』

『俺は……』


 マリナの、そして社のことは秘密にしている。だから青海は口を噤む。

 自分からは聞けるけど、聞かれるのは嫌だというのは自分勝手で我儘な言い分だ。自分が言えないのならば相手も言えないと思わなくてはならない。

 だから青海はこれ以上詮索できない。


 お互い言えないようなことがある。それを無言で確認しあい、踏田は今度こそ去って行った。

 結局また聞きそびれる。今度は何故踏田が樺來の暴走を知り得たのかだ。

 もし知りたければもう一度会うしかない。だがそれには彼を追う必要がある。青海にはそこまでまだ踏み出せなかった。




 それから暫くしたのち、青海は山を下り、町のそばまできていた。これから簡素であるが亡くなった住人たちの葬儀を始めるようであったため、青海も参列する。


 葬儀の際、青海が自分も祈りを奉げると申し出る。日本の葬儀は基本的に仏教式であるため、神道での方法を青海は知らぬが、それでも祈る程度のことはできる。

 町の人たちは日本人のことは知っており、それなりの人数が今でもこの町でも暮らしているし、今回亡くなった日本人も何人かいる。日本式の祈りであれば、彼らも喜ぶだろうと青海の申し出を快く迎えた。


 青海はこの町で出会い、そして亡くなった人、特に山彩のことを忘れぬよう、祈りと共に神宿を使う。


『“”は“”となりて、彼の命、心に刻まん』


 山彩の亡骸に向かい、青海は小さく、だが力強く呟く。

 すると青海の頭の中は瞬時に晴れ、ひとつの意志がそこに残っていた。


 (これがラターニャの中でも起こっていたのか)


 青海は彼女の意志が変わったのではないかと思っていた。だが実際自分に起こったことで、この神宿の意味がようやくわかった。

 やらねばならぬことが鮮明になり、こころざしができあがる。優柔不断になっていたものが取り払われ、成すべき道が見える。


 青海も、ラターニャも、心変わりしたわけではない。元々持っていたが埋もれていたものを引っ張り出し、それを心の芯にしただけだった。

 道があるならば、あとはそこを進むだけだ。青海は生き残りの皆に頭を下げ、町から去った。




『おっかえり。どーだった?』

『ああ、一応目的の奴には出会えたよ。それで────俺も、あいつを追おうかと思ってる』


 青海は踏田との話、それとこれから自分が何をしたいのかをマリナに話した。

 踏田は樺來を追うと言っていた。青海はそれに手を貸してやりたいと思っている。踏田は態度こそ悪いが、あれでいて道を誤る男ではない。だから協力はしてやりたい。

 なにより、あれだけ世話になった山彩や町を、無残な状態にした樺來を許せなかった。


『そっか。めんどくなーい?』

『ああ』


 面倒ごとを今まで避けてきた青海だ。これだけの大事であれば避けてもおかしくはない。だが面倒だからといって避けていいことばかりではない。

 それに樺來を放っておくのはとにかく危険だ。彼がどこまでやるかわからぬが、早く止めないと大変なことになってしまう。


 だけどそれは言い訳だ。青海にとって今、一番重要なのは自らの中の志に従いたいという気持ちである。



『まー仕方ないかー。だけどオーミ、年に一度は必ず戻ってよね』

『なるべくは戻れるよう努力してみるつもりだけど、難しいかもな』


 現代地球と異なり、他の国へ行くのにも何ヶ月とかかったりする。樺來がどこへ向かっているかわからぬが、片道だけで1年かかる場所もあるだろう。


『あんね、神宿は神様の力なんだよ。年1回は参拝しないとしつれーでしょ』

『う、ぬぅ』


 実際にどうなるかわからぬが、旅の途中で神宿が失われる可能性もあるという話だ。この力に頼っている限り、青海は戻らざるをえない。

 だから移動できるのは、どんなに長くても半年。その程度でどこまで行けるか、なにができるかわからない。だが、それでも行かなければならない。



『あの、オーミさん!』

『どうしたラターニャ』


 今まで黙っていたラターニャが、突然声を上げた。


『私、頑張ります! そしてオーミさんの力になります! だから……』


 だから連れて行ってくれとでも言うつもりだろう。

 日本語を教えることにすぐ飽きたマリナの代わりに、青海がラターニャの面倒を見ていたため、すっかり懐いてしまったようだ。

 だが当然青海は連れて行く気はない。彼女はまだ神宿を使えるまでに至っていないし、そもそも本当に使えるかもわからないのだから、戦力と数えるのは難しい。


 青海は、まだ早いと言うようにラターニャの頭に手をぽんと置く。子ども扱いされたことに、ラターニャは少し膨れる。

 そんなラターニャをよそに青海は遠出する準備を始める。保存食にある程度の金。あとは換金できる魔獣の牙などを荷物に詰める。



『そういやオーミ、イルクの知り合いだった人ってなんて人?』

『……山彩さんっていうんだ』


 その名を聞いた途端、マリナの纏う雰囲気が豹変した。

 青海が初めて見る、マリナが怒っている姿。歯が折れるのではないかというくらいに重々しい、口の中から聞こえるぎりりという音が、山彩との仲を伺わせた。

 その姿にラターニャは震え涙を浮かべ、青海ですら背筋がぞくりとなった。

 歳も近いことだし、この世界へ山彩が来たころはよく会っていたのだろう。


 少し経ち、今にも逆立つのではないかというくらい浮き上がった髪が落ち着くと、マリナは悲しげな表情を見せた。


『……そっか、死んじゃった……ううん、殺されちゃったんだ。オーミ』

『なんだ?』

『そいつー、私の前に引きずり出してきて』


 マリナの目がぎらりと鋭く光る。殺意が籠った目だ。


『滅多なこと考えんじゃねぇぞ巫女さん』

『わかってる……わかってるってば』


 心ではわかっているからといって、本能もそうだとは限らない。今のままのマリナの前に連れて来たら張り倒すだけでは済まなさそうだ。

 だけど問題は別にある。樺來をここまで連れてくるということは、青海が樺來を圧倒するほど強くなければいけない。

 そもそも言葉神の神宿がどの程度の力を出せるのかも不明だ。少なくとも町ひとつを焼失させるだけの力があるのは知っているが、それ以上の力を出せる可能性もあるため、基準にはならない。


 もし均衡する力であったなら、樺來が殺しにかかっている以上、青海も殺す気で相手しなくては殺されてしまう。結果、もし青海が勝ったとしても樺來は死ぬ。

 難しい注文を付けてくれるものだと、青海は苦笑する。



 翌日、青海は邪神山を去った。マリナから餞別代りに借り受けた錫杖を手にし、まずは南へ。踏田、そして樺來を追うために。

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