幼馴染が漫画の表紙の良し悪しについて私に語りだした

M.M.M

第1話

チャイムがなってしばらく時間が経った。

サイとユキはいつもどおり世間話をし、漫画の表紙についてサイが熱く語り始めるところだった。

「漫画の表紙は三つの点を大事にすべきだと思うんだよ。シンプルであること。内容が伝わること。あと、謎を提示すること」

サイはそう言って指を3本立てた。

「内容が伝わるけど謎があるっておかしくない?」

ユキは首をかしげてそう言った。

「いやいや、たとえば進撃の巨人の1巻を覚えてるだろ?」

「えーと……ああ、エレンが巨人に飛び掛ってるところだっけ」

ユキはサイから借りたことがあるので覚えていた。

「あれはタイトルからも表紙からも内容が伝わりやすいだろ?人が巨人と戦ってるんだなーって」

「まあ、そうかも。あれで巨人と戦ってなかったら詐欺だよね」

ユキは笑った。

「その一方で、あの状態からどうやって巨人を倒すかがわからないだろ?腰にある装置も謎だ」

「まあ、確かに」

「内容が伝わって謎も提示する。矛盾してないだろ?表紙にいるのも巨人と主人公だけでシンプルだ。ちなみに、ここに『ツギハギ漂流作家』という週刊少年ジャンプで連載されていた漫画がある」

サイは鞄から取り出した漫画を置く。

「あー、学校に漫画持ってきちゃいけないんだー」

「皆、いろいろ持ってきてるだろ?とにかく、この表紙を見ろ。絵はシンプルだけど内容が伝わるか?」

「うーん、男の子が手に傘を持ってて、後ろにモンスターっぽいのがいて……この子が冒険する話?」

「冒険といえば確かにそのとおりだ。じゃあ、本屋でこれが平積みされてたとして、手に取ってみようと思うか?」

「んー、ちょっと……」

「表紙やタイトルに謎はあるけど、内容が伝わってこない。シンプルで謎もあるけど内容がわかりにくい良い例だと思う。わかりやすく、不思議に思わせる表紙ってすごく難しいんだよ」



「実は見た人の注意を引く簡単な技がある。この漫画を見ろ」

サイは先ほど置いた漫画の隣に別の漫画を置いた。

「あ、これ知ってる。映画になったやつだよね」

ユキも知っているその漫画は「寄生獣」だ。

「これは完全版で、通常版や新装版やフルカラー版もあるんだが、この表紙がどうして注意を引くかわかるだろ?」

「表紙にセリフを書くってことね。この掌に口と目玉がついたやつが……なんだっけ?」

「ミギーだ。表紙にセリフが書かれてるとどうしても読んじゃうだろ?そこで内容を匂わせつつ、謎を提示できる。セリフが長すぎたら読まれないし、陳腐なセリフなら逆効果だが。漫画のオビも似た効果を狙ってると思う」

「あー、セリフとかあらすじとか書いてるよね。有名人の推薦とかも。あのオビって邪魔だからすぐ捨てちゃう」

「俺はとっておく派だな……」



「次に見せたい漫画の表紙なんだが、これはすさまじいぞ」

「なになに?」

「見よ」

サイは真っ黄色な表紙をユキに見せた。

「あ!これは知ってる!『暗殺教室』だ」

「そう、『暗殺教室』の1巻だ。これはすごいだろ」

「すごいよね。本屋で見たとき思わず二度見しちゃったもん」

「そうだ。主人公である殺センセーの顔が書いてあるだけ。これほどシンプルで、見ている人に「なにこれ?」と思わせる表紙はそうそうないと思う。内容がわかりにくいけど、その欠点を補って余りある。でも、買わなかったのか?」

「手には取ったんだけどね。あらすじ読んだけど、『まあ、いっか』と思って」

「人に漫画を買わせるのがどれだけ難しいかってことだな。でも、手に取らせるだけでもこの表紙のパワーは大したもんだと思うぞ」



「次に、これだ」

サイはそう言って坊主頭の男が描かれた漫画を取り出す。

「あ、これって本屋で広告を見たことあるよ。『ワンパンマン』ね。ちょっと気になったけど、読んだことないなー」

「あとで貸してやろう」

「ありがとー」

「さあ、この表紙で主人公は何をしてる?」

「ワンパンで怪人を倒してるね」

「そうだ。わかりやすいにもほどがある表紙とタイトルだな。絵自体もシンプルだ。それでいて、主人公が持ってる買い物袋が変だろ」

「うん、確かに。この人、買い物帰りに怪人に襲われてるの?ヒーロースーツ着て買い物するの?」

「ほら、気になってるだろ?そこはネタバレになるからあとで読んでくれ。つまりだ、これもまたわかりやすく、謎の多い、優秀な表紙だ」

「うん」



「さて、次の漫画は『暗殺教室』よりも有名だ。知らないって言ったら驚くぞ」

サイは次の漫画を取り出した。

二匹の巨大なカエルに乗った金髪の子供が大きな筆を背負い、口に巻物を加えてる。

「『NARUTO』かー!これはもちろん知ってるよ!」

「シンプルかといえばやや疑問だが、巻物と手の印を見ればすぐ忍者の漫画だとわかるし、それでいて背中の筆は何に使うんだって謎がある。刀だったらありがちだけど、筆だからな。しかも、金髪。ラーメンの具みたいなタイトルはもっと謎だ」

「主人公の名前だよね」

「そう!もしもこのタイトルが無難にハットリやサスケだったらどうなってたんだろうな。売れないなんて事はなかっただろうけど」



「次にこれだ。お前は読んだことがないはずだが、どんな話だと思う?」

サイが取り出した漫画には背景でポーズをとる女子高生二人と真ん中で苺に乗って逃げようとする男子学生の表紙が書かれていた。

「いちご100%?えーと、男の子が女の子二人と三角関係になる話……でしょ?」

「だいたい正解だ。タイトルで謎を提示しつつ、内容は三角関係だと伝わりやすいし、絵もシンプルだ。思うんだが、この漫画みたく表紙に出てくるキャラは多くても3人にすべきだと思う。4人以上だと絵がうるさい」

「ああ、言われてみるとそうかもね。誰を見たらいいかわかんないかも」

「3人なら中心にいるキャラが主人公だとわかるだろ。4人以上だと誰に注目していいかわからなくなる。スポーツ漫画みたいに1チームを描く例外もあるけどな」



「最後に、表紙が大事なこととして最初に言った3つとは別に、いかに目立つかがある。『暗殺教室』もその点は優秀だったが、平積みされた漫画の中でもネットショップの中でも他の漫画に埋もれないことが大事だ。そこで俺がよくできてると思うのがこれだ」

サイが取り出したのは黒髪の女性が不気味な目で見下ろしてくる表紙だ。背景が白く、黒髪に薄暗い顔、真っ赤な爪と瞳が輝いている。

「『賭ケグルイ』だ。これは色の使い方が上手いと思わないか?」

「確かに赤色が目立つね。怖いけど」

「怖いけど、とにかく目立って注意を引かないと始まらないからな。このタイトルだけで賭け事の漫画だってわかるし、主人公一人だけ描かれてるシンプルな表紙だ。よくできてると思う。ただ、謎を提示してるかといえば、そこは疑問だな」

サイはその漫画を置き、こうして7冊の漫画が並んだ。


ツギハギ漂流作家

寄生獣

暗殺教室

ワンパンマン

NARUTO

いちご100%

賭ケグルイ



「ふーん。んで、なんでこんな話を急に言い出したの?」

「え?」

「あんたが漫画好きなのは知ってるけど、鞄をパンパンにしてこれだけ持ってきたんだから何か理由があるんでしょう?」

ユキは不思議そうに聞いた。

「まあ、その、俺達も小学校からの腐れ縁だが、こうやって喋るのもいつまで続くのかなーと思ったりするわけだ」

サイは自分達が卒業するまで一年もないことを話し出した。

「裁判長ー!弁護人は本件と関係のない話をしています!」

ユキは架空の裁判長に向けて手を上げた。

「あんたって昔から回りくどいよねー。言いたいことがあるなら早く言いなよ!ほら、吐いちまいな!カツ丼食べるか?」

「裁判所から取調室に変わってるだろ!ちなみに、今の警察はカツ丼出さない……」

「あー、はいはい。私、そろそろ行くから。ワンパンマンだけ借りるね。今度、私のお勧めを貸してあげる。じゃあねー」

ユキはそう言って去っていった。



サイはがっくりとうなだれる。

「やっぱり『ツギハギ漂流作家』を例に出したのがまずかったのか?短期連載作品だからか?」

サイは最初に見せた漫画を手に取る。

「『ついんえんじぇる』でも良かったんだが、俺の漫画の趣味を誤解されそうなんだよなあ……」

サイは自分の回りくどいメッセージが伝わっていないと確信し、次はどんなやり方でいこうか考え始めた。



ユキは本屋へ行くとスマホを見ながら目当ての漫画を探した。

「おお、あったあった。これこそピッタリじゃないの」

ユキは鼻歌を歌いながらそれをレジへ持っていった。

「YES!」というタイトルの漫画を。

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