7 妹はフライドオ✓オを賞味する

 ショッピングモールのフードコートで休息を取った後、俺と姪はモールに備わる屋外のプレーパークでもうひと遊びすることにした。

 妹は日に焼けたくないと、一人モール内で時間を潰すことを選んだ。


 遊びを終え合流した時には、お金ないと言っていたにもかかわらず、妹はドーナツの箱以外に別の袋を手にしていた。

 まあ自分の金で買ったのならと、口に出して詮索はせず、俺たちは祭り会場の神社へと出発した。




 到着した頃、祭りは既に始まっていた。

 境内とそこに隣接する公園内は、出店やステージ、近隣住民で賑わいを見せている。


 俺たちがここに来た目的は食べ物だった。

 が、モールでおやつを取っていたこともあり、いきなり向かうことはしない。

 姪っ子に何かしたいことはないか、欲しいものはないかと尋ねながら、屋台の間をゆっくりふらついていた。


 そこでいかにも怪しげなアイドルやアニメのグッズを扱う屋台を見つけた妹は、ぷらりと近づいていく。


「どうぞ、見てって~」と店のおっさんが応対する。

「ちょ、後田敦子の写真。もうアケビ卒業して大分経つのに」

「男のアイドルもあるよ」

「あー、シャニっすか。私シャニはあんま見ないんですよねぇ。あ、おすましさん」

「そのアニメ、人気あるよね、今」

「そうですね、やばい時はグッズも直ぐ売り切れで。まあでも、もうピーク過ぎた感あるけど」


 妹の背後からどことなく色あせた商品を眺めていた俺は、内心、海賊版じゃないかとの疑念を抱いた。

 もっとも強面のおっさんを前に、そんなことを口には出せない。

 しかも妹がおっさんと会話してしまっているがために、この場から妹を引き剥がすこともはばかられた。


 そんな俺の心中を知ってか知らずか、妹はとあるアニメキャラクターが印刷された缶バッジを手に、「これ欲しい」と俺にねだり出した。

 まあこの場を穏やかにやり過ごすためならと、俺は渋々500円を差し出した。

 そして店の前を去ってから、またしても無用な出費だと、妹に小言を垂れる。


「それ絶対ニセモノだろ」

「私も思った」と妹はバッジをしげしげと観察する。

「じゃあ何で買うのよ……」

「いやぁ、どんなもんかなって。あ、やっぱオフィシャルのマークついてないもん」

「海賊版とか買うの、回り回って本家の方を苦しめることになるからね」

「分かってるって」




 と口では言うが、こうしたいかがわしいものに目がないのが妹のさがである。

 今度は小学生の少年が群がるくじの屋台へ関心を示すと、無理やり前に入り込んでいく。

 そして前回同様の催促である。


「お金持ってんでしょ?」

「もう使った」と妹は白を切る。

「どうせ大したもん当たんないぞ」

「桜も、引きたいよね、くじ?」


 妹は姪っ子を利用し始めた。

 姪も引きたそうにしていたので、仕方なく姪と一緒に引かせることにした。

 遠巻きに見ていると、案の定二人とも外れたらしく、妹は飴色あめいろのプラスチックの馬鹿デカい指輪を手に戻ってくる。


「しょっぺー」と妹は指輪を強引に指へはめようとしながら嘆いた。

「だから言ったのに……」と俺も嘆く。

「いくら何でもひど過ぎない、これ?」


 そんな妹を無視して、俺は姪っ子に尋ねかける。


「桜のは何?」

「音出るやつ」と姪っ子は卵型の機械のボタンを押し、ゲームのBGMを鳴らせた。

「交換しよ?」と妹は自身の指輪を姪の前にかざす。

「いや」

「じゃ、これあげるわ」


 妹は指輪を外して手渡そうとした。

 しかし姪っ子は「いらなーい」と受取りを拒否する。

 仕方なく妹はサイズの小さな指輪を、再び自らの指に強引にはめ込んだ。




 その後もしばらく、俺たちは会場内をぶらつきながら、プリキュアのお面を買ったり、あまりかわいくないゆるキャラと写真を撮ったり、マジックショーを眺めたりしていた。


 そんな遊びの最中にも、妹は食べ物のチェックを欠かさなかったのだろう。

 かき氷の屋台を前に、俺が姪っ子に食べるかどうか尋ねた際、妹は別の方向を指差しながら、こう切り出した。


「私あれ食べたい」

「フライド……オ✓オ?」

「オ✓オ揚げたやつでしょ。多分アメリカ、あの感じは」


 そう言って妹は遠巻きに目を凝らし、無駄に感性を研ぎ澄ます。


「でもさっきモールでパイ食ったよね?」

「あれ一個で足りるわけないじゃん。昼だってそうめんチョロっとなんだから」

「パイとかドーナツとか一緒でしょ? 両方粉もんだし」と俺は疑義を唱える。

「ぜんぜん違うでしょ? パイは焼き。こっちは揚げ」

「オ✓オはオ✓オで食った方がおいしくない?」

「それは先入観。意外とおいしいんだって、ああいうのが」


 妹は既にフライドオ✓オの虜になっているらしい。

 食べるものなら他にいくらでもあるじゃないかとの声にも耳を貸さない。

 それどころか、ここを逃したら、もう二度と食べられないかもしれないと、無駄に悲壮感を込めて哀願した。

 俺は面倒なので、仕方なくお金を持たせて送り出した。


 間もなく、妹はカップを手に満面の笑みで帰ってきた。

 カップの中にいくつか入っているフライドオ✓オは、見たところ小さめの穴なしドーナツのような感じである。

 全体にシュガーパウダーが振り掛けられており、見るからに胃もたれを起こしそうな見た目でもあった。


「カロリーやばそう」

「やばいわぁ。これ絶対高い」と妹は竹楊枝を突き刺しながら言った。

「分かってて食うのかよ」

「あ、でも、やっぱうまいわ」とひと口かじって吟味する。

「どんな味?」と俺が尋ねる。

「生地はドーナツ。すごいスウィート。で、オ✓オの部分はちょいビター。しかもね、食感! まじオ✓オじゃないみたい。モワッとしてる」




 このオ✓オ購入を合図に、俺と姪も食べ物の入手に取り掛かった。

 そしてステージ前、ビール箱に板を渡して作られていた即席の客席に腰掛け、出し物を観覧しながら、ちょっとしたうたげを催し始めた。


 席に着いて間もなく、町内会か氏子らしき司会を務めるおっさんが、壇上でビンゴ大会の開催を宣言した。

 子供たちは寄っておいでと、ビンゴカードを配り始めたので、それを見た俺は「もらって来い」と姪っ子の背中を押した。

 すると、なぜか妹まで立ち上がる。


「お前は無理だろ」

「まだ子供だし」

「ここでの子供って、ちびっこでしょ?」

「もらえるかもしれないじゃん。ちょっと行ってくる」


 止める俺を振り切って、妹は姪っ子と一緒に司会のおっさんのもとへ向かった。

 そして二言三言会話し、カードを受け取って帰ってくる。


「いやぁ、おっさんに私でももらえるか聞いたら、いいよってくれた」

「みっともない……」

「もらえるものはもらわないと」

「中学生すら、ひとりももらってないのに……」


 それから番号の読み上げが始まり、周囲は子供たちの一喜一憂に包まれる。

 姪も妹も中々当たらない。

 当たったのは最後の方で、入手したのも戦隊モノの下敷きという粗品である。

 妹はそれでも嬉しそうに、下敷きで顔を扇ぎながら口にする。


「取り敢えず元は取れた」

「取れてないだろ」

「指輪よりこっちの方が断然いいわぁ」

「ふーん」




 こんな様子ばかり言い立てていると、妹には恥も外聞もないかのように聞こえるかもしれない。

 しかし妹にもあるらしい。

 その後もステージ前で食事を続けていると、妹の中学時代の同級生から「あれ、理心りこ?」と声を掛けられる出来事があった。


 同級生の登場で、さっきまでの威勢はどこへやら、妹のテンションは一変する。

 ローテンションに切り替わったわけじゃない。

 喋り方や挙動から察する限り、どちらかと言うと無理やり高め、うわずっているような印象を受ける。


 聞き耳を立てるに、大した話はしていなかった。

 中心は高校の話で、妹は珍しい高校に入ったので、同級生はその点に興味があるらしい。


 相手の女子2人は、派手なタイプではなかった。

 が、やはり年相応と言うか、若々しさをみなぎらせている。

 かたや妹は――プラスチックの変な指輪、ミズドの箱とホルモン焼きそば、戦隊モノの下敷きという異様な装備。

 青のりが付着していないか、やたら唇を拭っている。

 ただ焼きそばの油で、口の周りがギトついていたため、手では拭いきれていないどころか、却って口の周りを汚してしまっているようにすら映る。


 妹の様子から察するに、そこまで親しい相手でもなかったのだろう。

 兄が横にいるというのも、気恥ずかしかったのかもしれない。

 それでも少しくらい緊張もなければ、生活にも張りが出ないというものである。

 まさに青のりを気にした時の心がけ――その程度のことではあるが、それが意識を上向かせることにも繋がっていくのだから避けてばかりではいけない――と、俺は敢えてその場から動くことをしなかった。


 同級生2人がその場を後にすると、妹は食べかけの焼きそばを再び膝の上に乗せた。

 いつもと少し違う妹を見た俺は、少し嬉しさを感じながら話し掛けた。


「同じクラスだったの?」

「うん。中1の時」

「連絡とか今でも取ってんの?」

「全然」

「ラインとか、聞けばよかったのに」

「えー、それはいいわぁ」

「何で?」

「色々あるでしょ?」

「ありますか」

「あります」


 と短く言い切ると、妹は俺の探りの手を押し退けるように、大口で焼きそばを頬張った。

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