6 妹はお菓子すくいゲームの筐体を手で揺する

 妹はショッピングモールを好む。

 買い物であれば通販かモール、遊びであれば部屋かモール――と、何につけても、ショッピングモールは必ず選択肢の上位に入ってくる。


 確かにここは地方で、そうした行為に適した場所はそう多くない。

 しかもモールはであれば、一箇所で様々の需要を満たしてもくれる。

 それ故、妹の選択にも一理いちりを認めることはできる。


 ただモールの存在は、時として悪く語られることもある。

 よく聞かれるのは、行動様式や価値観の画一化かくいつかであるが、実際妹を見ていても、そうした傾向を感じることは多い。

 それに加えて、妹の場合、はなから他に可能性を見出そうとしない。

 特にモールは妹の意識低さと余程相性が良いのか、俺には意識低さの促進剤のような働きをしているようにすら思われてならない。




 そうなってくると、便利だからと言って大目に見てばかりもいられない。

 何も過剰に個性を追い求めろと言ってるわけじゃない。

 しかし少し立ち止まって考えるくらいしてみたらどうかと、老婆心で疑義をていしてみることもあった。


 もっとも、当然のことながら妹は真面目に取り合おうとはしなかった。

 例えば、モールにあるものなんてどこででも手に入る物だろう、流行りに乗って適当に買うんじゃなく、たまにはこだわってみようと思わないのかと問えば、妹は「モールにあるものくらいがちょうどいい」「ここで手に入らない物は通販で買えばいい」と言ってのける。

 それじゃ凡庸な人間になってしまうぞと忠告すれば、「凡庸であることが、この社会で生きていく上で大事なことなのだ」と豪語する。

 視野や世界をひろげたいとは思わないのかと苦言すると、「もう今の状態で手一杯なのでこれ以上は要らない」と空惚そらとぼける。


 モールは巨大であるとは言え、そう何度も何度も出向いていれば、やることなんてなくなるのは必然だろう。

 実際、頻繁に出向いてはいても、いざそこで何をしているのかと言えば、具体的に何をするでもないらしい。

 そんなにお小遣いもたくさんあるわけじゃないので、高価なものを買ったりだって無理である。

 ファストフード店やゲームセンターで少ないお小遣いを散財するか、ただ時間を潰すだけ――これが妹のモール通いの実態なのだ。




 この日は姪っ子の存在があったためか、妹もモールに到着したばかりの頃は、そのような習慣をあからさまに露見させることはせず、一応もてなし役らしく振る舞っていた。

 最初に出向いたのはホビーショップ、次いで子供向けファッションショップと、妹はこなれた足つきで姪っ子を案内していった。


 ただそのような配慮も長くは続かない。

 はじめにそれらしく振る舞うことで十分役目は果たしたとでも言わんばかりに、妹はゲームセンターに行こうと、唐突に自らの欲望を剥き出しにした。


 俺自身は、そうした場所は教育上よくないので控えるべきだという厳格な考えの持ち主じゃない。

 ただ兄夫妻、とりわけ義理姉は、ゲームやギャンブル的な事柄を好ましく思ってはいなかった。

 そういう気質を理解していたし、何より妹が行きたいだけで、しかも俺を財布代わりに使ってしまおうとの魂胆が透けて見えていたので、俺は妹の案に反対した。


「じゃあどこ行くの? もう行く場所ないよ」

「だったら、やっぱ公園行く?」と俺は妹に提案する。

「公園はいいから」と妹は間髪入れず否定する。

「じゃ、家帰って、祭りまで少し休もっか」

「いちいち帰るの面倒くさい」

「ゲーセン行きたいだけだろ」

「せっかく来たんだからいいじゃん。子供向けのゲームだってあるし」

「あんまそういうとこ連れて行くと、音々ねねちゃんに怒られるぞ」

「言わなければバレないって。ね」


 そう言って妹は姪っ子の肩に両手を置き、強引にゲームセンターまで誘導していった。

 そして入口近くのお菓子すくいゲームのエリアで立ち止まる。

 この種のゲームなら差し支えないだろうと判断した俺は、姪っ子に100円を手渡した。

 それを見た妹も、さも当然の如く手のひらを差し出してくる。


「自分の金でやれよ」

「私、財布持ってきてないから」

「嘘ぉ? その鞄は?」

「コーラとDS」と妹は主張する。

「金ないなら、やらなくていい」

「桜に手本見せてあげないとさぁ。やり方分かる? 分かんないよね?」と妹は姪っ子に押しつけがましく問い掛ける。

「いいよ。手本俺がやるし」


 そう言って俺は財布からもう100円を取り出した。

 が、妹はそれを無理やり取り上げようとしてくる。


「海理下手くそじゃん。手本になんないし」

「手本もクソも、どうせこういうの大して取れないもんだから」

「私がやったげる」


 俺はゲームセンターにあまり馴染みがなかった。

 妹の方がこうした場所に詳しいのは事実だったので、まあ姪もその方が分りやすいかと、仕方なく自信満々の妹に100円を譲り渡した。




 俺からお金を受け取った妹は、いくつかの台を真剣な顔で見回り始めた。

 そしてチョコレートの箱がタワー状に積み上げられている筐体きょうたいを見つけ出すと、「これ倒す」と宣言して100円を投入する。

 俺はこういうのはちょっとやそっとじゃ取れないのにと、妹の背後から小言を述べた。

 が、集中する妹は何の返事もしてこない。

 体を右左に大きく傾けながら、台の中ゆっくり流れていく小袋入りのお菓子を真剣な表情で観察し、クレーンを下ろすタイミングを見計らっている。

 そしてクレーンで小袋数個をすくい上げると、タワーの根本ねもと目掛けて落としていく。


 しかし妹はまさに鴨と言うべきだろう。

 案の定、一回目も二回目も、お菓子タワーそのものはかすかに動いた程度で、まったく倒れる様子を示さなかった。 


「あれ? これ台にくっついてない?」と妹は筐体を覆うドーム状の透明な蓋に顔を近づける。

「だから、そういうもんだって」と俺は背後からあざ笑う。

「くっついてるでしょ、これ」

「叩くなって」

「おかしい、ほら、動かないし」

「揺すんなって」

「絶対くっついてる!」

「ブザー鳴るぞ」


 結局チョコタワーはもとより、ひとつのお菓子すら獲得できず、妹は3回のチャンスを虚しく終えた。

 姪っ子もやりたそうにしていたので、俺はやってみろと後押しする。

 が、そこにまたしても妹が割って入る。


「これはダメ。ぼったくりだから」

「ぼったくり?」と姪っ子が妹に問い掛ける。

「ぼったくりは多少意味違うでしょ。そもそもこういうもんだから、こういうゲームって」と俺は妹の偏った主張に触れさせまいと介入する。

「子供から100円巻き上げてんだから十分ぼったくりだわ」と妹は怒気を込めて言い返してくる。

「お前1円も払ってないだろ。金出したの俺だし」


 妹は姪っ子を無理やり押し留め、別の筐体を見回り始めた。

 さすがに少し懲りたのか、今度は欲張ったものではなく、四角いチョコをすくうタイプを選定し、姪っ子を手招きする。


「これいんじゃない?」

「やる?」


 と俺は後ろから姪を促した。

 すると、ここでもすかさず妹は手のひらを差し出してくる。

 もう手本はいいだろと言って拒否すると、妹は顔をしかめて俺にガンをつけ、謎の上から目線で発した。


「じゃ、貸しでいいから」

「返さないじゃん」

「取れたらあげるから」


 面倒なので渋々100円を手渡すと、妹はまたしても自信満々で取り掛かった。

 が、やはり大量獲得とはならず、戦利品はチョコ2個ぽっち。

 これで悟ればよいものを、当然そうなることはない。


「これアームがクソだわ」

「だからこういんもんだって……」

「ぶっちゃけ、店で買う方がコスパいいよね」

「こういう場所は楽しみにお金払ってるみたいなもんだから」

「楽しみって、私すっごい不快だけどね。楽しみだったらメダルゲーの方がいいわ」


 そう発するや、妹はどさくさに紛れてそちらに向かおうとし始めた。

 が、その手には乗らず、俺たち3人は、クレーンゲームやカードが出るゲームなど、ファミリー向けエリアの中でひと頻り時間を潰した。




 そんなこんなで祭りまでもう小一時間という頃合い。

 次どうするか話し合っていると、妹はドーナツを食べようと主張し始めた。


「私そうめん、ろくに食べてないし」

「祭りで食べればよくない? もう1時間ちょいだし」

「むしろこっちで食べていった方が安上がりでしょ?」

「安上がりなら、家で食べるに越したことはない」


 しかし立ち疲れ、ゲームセンターの雑音に辟易へきえきしていたこともあり、ここは妹の案に乗っかることにした。


 と言っても、フードコートはフードコートでやはり騒々しさでは引けを取らない。

 立ちすくむ俺と姪っ子とは対照的に、妹は慣れた手つきで空いた席を見つけ出し、「じゃ、席とっといて。私が買って来たげる」と財布を出すよう要求する。


「俺ドーナツいらないわ。飲みもんで」と財布を手渡して席に着く。

「あいよ。桜、行こ」


 それから間もなく、妹はトレーを手に帰ってきた。

 妹が俺に差し出してきたのは、甘いバニラシェイク。

 自分のために買ってきたのは、グラタン入りのパイとチョコシェイクで、しかも家に持ち帰る用だと、トレーには箱まで乗っかっている。


 自分がドーナツはいらないと言った手前、言いづらくはあった。

 が、それだけ買ったのならと、俺は「何か一個ちょうだい」と要求した。


「無理」

「一個でいいから」

「無理。自分で買ってくれば」

「ってか、俺の金じゃん?」


 そういやらしく攻め立てると、妹はため息をつきながら箱を開き始めた。

 そしてボール状のひと口サイズの小さなドーナツを串に刺し、俺に手渡してくる。

 俺は反論するのも虚しさを感じ、黙って受け取り口に含んだ。

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