5 妹はナイトプールを恐れる

 近所の祭りが始まる午後3時まで特に予定はなかった。

 姪の宿題の続きを――という考えもあるにはあった。

 が、食事を終え、いきなりはきついかと、無理に命じることはしなかった。


 最初姪はピアノを弾いたり、絵を描いたり、思い思いに遊んでいた。

 ただこの家に子供が遊ぶようなものはあまりない。

 じきに姪っ子は所在なさそうな様子を見せ始めた。


 そこで俺はどこかに連れて行くことを一考する。

 まず想起したのは大型遊具のある公園で、そこにでも遊びに行くかと提案すると、姪っ子は「行く」と嬉しそうに即答した。


 しかし厄介なのは妹である。

 彼女には異論があるらしく、眉間にしわを寄せながら、ふてぶてしくいちゃもんをつけ始めた。


「この暑いのに公園?」

「どこ行ったって暑いだろ」

「イオソとかだったら、クーラー利いてんじゃん」

「イオソったって、何も買う目的ないし」

「行ってぷらぷらしてるだけで十分楽しめるでしょ? ついでに何か食べれば、なおよし。おじさん、何か買ってくれるかもよ?」


 妹は姪っ子を自陣に引き込むため、甘い言葉をつむいでいく。

 俺は妹の思い通りにはさせまいと反論する。


「食べるのは、祭り行ってからでいいでしょ。そんな食べてばっかりじゃ太るし」

「1日2日ちょっと食べたくらいで、太るわけないじゃん」

「そりゃ若いうちはそうかもしれないけど、そういう食生活続けてたら取り返しの付かないことになるから、今のうちからちゃんとしとかないとって話で。食育とかやってない、学校で? 栄養のバランスがどうとか、野菜食べなさいとか言われるでしょ?」


 俺は姪の耳にも入るように話していった。

 姪っ子も俺の言葉を理解してくれたらしい。


「お母さんがよく言ってくるよ。野菜食べろって」

「ほら。1年生でも分かってるのに。高校生がそれじゃぁダメだわ」と俺はすかさず妹を口撃する。

「じゃあ野菜の入ってるもの頼めばいいだけじゃん」と妹も引かない。

「野菜は野菜でも、産地とか栄養価とか、そういう部分も考えないと――」

「そんなのスーパーで売ってるのだって、嘘ついてるかもしれないのに」

「そういう部分に注意してれば、外食頼りがリスク高いの、分かるでしょ? そういうのの積み重ねが大事なのよ。そうすれば正しい食習慣が身についていく」

「そんなねぇ、人から習慣押し付けられてもって話だわ。習慣なんて自分で作り上げていくもんでしょ、ねぇ?」


 妹はそう言って強引に姪っ子を言い含めようとする。

 ただ若干難しい言葉が続いたためか、姪はキョトンとした表情を示していた。

 それを見てここは分が悪いと判断した妹は、直ぐ様話題を転換する。


「そもそもさぁ、公園って何がおもしろいの?」

「デカイすべり台とかあるし」と俺が答える。

「今時の子が滑り台なんて――」

「滑り台楽しいよね?」と俺は姪っ子に問い掛けた。

「どんなの?」

「長~いやつとか、迷路みたいなのがくっついたやつとか」

「服汚れない?」

「あー、ちょっとは汚れるかも」

「じゃあやだ」


 姪も今時の子供である。

 思わぬ返事に、俺は面食らった。

 今度は俺の方が分が悪いことを見て取った妹は、これ見よがしに「ほら」「ほら嫌だって」と繰り返す。

 そしてほくそ笑みながら、すかさずイオソモールへ行く案を再び持ち出してきた。




 俺としても、イオソで時間を潰す案がそこまで嫌なわけではなかった。

 ただ妹の掌で踊らされるようなのはしゃくだったので、簡単に飲むわけにはいかないと抵抗を続けた。


「イオソなんて、いつでも行けんじゃん」

「別に飽きるもんじゃないしぃ」と妹は主張する。

「桜は、どっか他に行きたいとこないの?」と俺は姪っ子に尋ねる。

「うーん。プール行きたい」

「え、プール?」

「うん」

「でも、水着持ってきてないでしょ?」

「家帰ればあるよ」


 姪っ子は「鍵ある」と言って鞄を指差した。

 俺は予想外の申し出に戸惑いつつ、現実的に可能か考える。

 そしてしばらく思案して、気にかかっていることを妹に伝えた。


「プールだったら理心が付いてった方がいいわ。俺だと着替えとか面倒見れないし」

「いや、プールはヤバイって」と妹はなぜかしかめっ面で応じた。

「何が?」

「最近よく炎上してるからね、プールは」

「炎上?」

「知らないの? 声優さん炎上してるから。ナイトプール行って」

「何だよ、ナイトプールって?」

「ヤバイとこらしい」

「ヤバイって、夜中にやってるってだけでしょ?」

「それヤバイでしょ」

「は? 何で? 夜なら、人少なそうでいいじゃん。好きなだけ泳げるし」

「そういう場所じゃないから、ナイトプールって」


 妹は無知だと言いたそうに俺に軽蔑の眼差しを向けてくる。

 しかし俺からすれば、妹の見解の方こそ奇妙だった。

 どうせどこぞのまとめサイトやSNSで仕入れた情報の受け売りで、勝手に偏見を抱いているだけだろうと、呆れの表情で応じ返す。


「そういう場所じゃないって、じゃあどんな場所なの?」

「ほんとに知らないの? あんな話題になってたのに」と妹は思わせぶりに言った。

「どこで話題になってんの? 聞いたことないわ」

「ニュースにもなってたから、ヤバイって」

「ヤバイヤバイって、具体的にどうヤバイの?」

「何か、お酒とか飲むらしい」

「プールで? あ、もしかしてプールでやってるビアガーデンみたいなもん?」


 と尋ねても、やはり妹は偏った知識しか持っていないらしく、どうにも要領を得ない返事を返してくる。


「色がヤバイからね」

「色?」

「普通のあかりじゃないから。何か紫とかピンクのあかり。ヤバイ感じの。それで音楽掛かったりもしてるらしい。DJがいて」

「あー、シャレオツな感じね。クラブみたいなもんか」

「そうそう」

「確かに、理心基準ではヤバイかも」

「私だけじゃなくて、みんなヤバイって言ってるから。だから声優さんも炎上したんだし」

「みんなって、声優オタクだけでしょ?」


 妹の説明を聞いても、俺にはナイトプールがどうヤバイのか、いまいちしっくりこなかった。

 妹はそれが気に食わなかったのか、さらにナイトプールについて熱く語る。


「しかもやってるの、ホテルとかだからね」

「ふーん。ま、市営プールでお酒とか出せないし――」

「夜中にホテルで酒って、ヤバ過ぎでしょ?」

「それはただの偏見だわ」

「偏見でも、声優さんってそういうの自己プロデュースしていかないとダメなんだから。今なんてめちゃくちゃ移り変わり速いからね」


 と妹は自らのことを棚に上げ、他人の心配を真顔で口にした。


 詰まるところ、妹はプールの面倒が嫌だったのだろう。

 「暑い」「まともな水着ない」などと言って頑なに拒み続けたため、仕方なく姪にプールは諦めてもらう運びになった。


 それから話は、イオソへと舞い戻る。

 俺も公園以外思い浮かばなかったので、最後には根負けし、イオソモールに出向くことを承知した。

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