2 妹は眠りの限界に挑戦する
妹は学校でもずっと、委員や係など、面倒な事柄には関わらないよう
それは対人関係にしても似たようなものなのだろう。
自分が
それは俺たち家族に対しても似通っている部分は大いにある。
好き勝手に振舞っているように見えても、自分が許される範囲については鋭敏なので、俺たちを本気で怒らせるようなことのないよう抜かりがない。
それが家族への迷惑を考えての配慮であったなら、過剰な気遣いではあるものの、家族想いとしてありがたく受け止めることもできる。
しかし妹の場合、自らのちゃちな欲望を守るため――これがそもそもの動機なのだから、ありがたいどころか不安を増す要素にしかなっていない。
もちろん、今だって成長ととともに変わっていくとの期待は捨ててない。
とは言え、妹ももう高校生。
小学生ならいざしらず、既に高校生の彼女に、言動や思考のスタイルをとやかく言う人も、周りにそう多くは居ないだろう。
むしろそうした他力は、時間が経てば経つほど可能性も薄まっていくというものである。
だからこそ尚更、俺たち家族がしっかり
のであるが、そんな意気込みも、いざ妹を前にすると萎縮してしまう。
俺たちはあまりに長く妹の意識低さに接してきたため、今更対応を変えようにも、そう安々とは変えられないのが現状だ。
先日の結婚式や葬儀は、そういう状況下での貴重な
変化のキッカケとして期待もあったし、それを援用して脱皮を促せられるのではとの意気込みもあった。
ただそれも今まで説明してきた通り、大した成果は上げられてない。
チャンスを活かし切れていないとの感触は、高校の存在も同様だ。
今のところ高校へ通い出してからも、妹に大きな変化はない。
それでもまだ外の目を意識させてくれるという点で、学校の存在は有り難い。
それに学校は生活にメリハリをつけてもくれる。
直近で言えば、高校に入って初めての期末テストも同様の機会と言えるだろう。
もちろん手応えがなかったのも同じで、テストを前にしても、妹から勉強する素振りはちっとも窺えなかった。
妹は「赤点さえ取らなければよい」という気構えで、「それくらいなら勉強なんてしなくても今の状態で問題ない」と高を
そして期末テストが終われば、愈々夏休み到来である。
高校生の夏休みとなれば、遊びはもちろん、部活にバイトに勉強にと、時間などいくらあっても足りないのが普通だろう。
宿題などは、まあ学校によるのだろうが、妹の通う高校は自主性を重んじることを
これは妹の身を思えば、ちっとも喜ばしいことじゃない。
部活もバイトもしていない、宿題さえ少ない――こんな状態で夏休みに入るとどうなってしまうんだと、先行きには不安しか存在していなかった。
実際この不安は的中し、休みの前の段階から、既に妹の意識低さには拍車が掛かり始めていた。
まず最初の兆候は、夜更かしである。
普段からその傾向は多々あった。
が、まだ平素は、夜更かしするとは言っても、深夜2時頃には眠りにつくという一定の節度は保っていた。
それがこのタイミングで一気に崩壊し、深夜どころか朝方までゲームをしたりアニメや配信を見たりして過ごし始めた。
既に半日授業だったりしたので、寝ずにそのまま学校に出向き、帰ってきてから眠る――そんな日すらある有り様である。
寝起きのリズムが乱れるに伴い、当然食生活も乱れ出した。
夜食や間食の回数は次第に増え、お菓子の備蓄も目に見えて増えていった。
飲み物に至っては、
夏休みに入った頃には、もうグチャグチャ。
朝まで起き続けてから朝食を食べて眠りについたり、また夜に起きて夕食を食べてから一日を始めたりなど、そこには最早リズムも法則も介在してはいなかった。
あるとすれば、眠くなったら寝、食いたくなったら食う――これだろう。
もちろん起きている間に建設的なことに取り組んだりはちっともない。
エアコンつけっぱなしの部屋の中で、日がな一日ダラダラ過ごすだけなのだ。
中でも、長時間睡眠への挑戦――これは妹の夏休みを、そして夏の意識低下を象徴づけるような出来事のひとつであったに違いない。
既に妹の寝食のリズムはグチャグチャになっていたので、食事に呼んでも一階に下りてこない場合、ラップを掛けて冷蔵庫に入れておくという対応を取っていた。
それでも食い意地は強いので、残したりはせず、自分のタイミングで食してはいた。
それがある朝、前日の夕食が手付かずのまま残されていることがあった。
俺はこの異変について母親に尋ねる。
「あいつまだ寝てんの? 死んでるんじゃない?」
「寝てた」
「昨日の夜も寝てたよね? ずっと寝てんの?」
「さぁ」
諦めモードの母親は、妹のためにこの日のランチも用意していた。
なので冷蔵庫には、昨日の夜の分と合わせて2食分が取って置かれることになる。
もっともこの昼にも妹は起きることをしなかったらしく、夕前、俺が帰宅した時も、2食はそのまま冷蔵庫に残されていた。
結局妹が起きてくるのは、その日の夕飯時のことで、「寝疲れた」と油ぎった頭皮をボリボリ掻きながら、むくんだ顔でキッチンに姿を現した。
「やっと起きた」と母親は怒りもせず出迎える。
「今日ごはん何?」
「お風呂、先に入り」
妹は母親の提案を無視し、夕飯のメニューを観察する。
それから冷蔵庫を開き、自分のために用意された食事が残されているのを確認して言った。
「これは? 私のだよね?」
「昨日の夜と、今日の昼の分」と母親は目も合わせずに冷然と答えた。
「ラッキー」
そう言って妹は2食分を冷蔵庫から取り出し、レンジで
そして温め終えると、リビングのテーブルへと運んでいく。
俺は両手に皿、口に箸を咥えて現れた妹に問い掛けた。
「起きたばっかで、そんな食うの?」
「お腹空いてるから」
「何も食べてないの?」
「途中お菓子食べた記憶はある」
「記憶はあるって――」
「食べてすぐ寝たから。合計30時間」
妹はまるで何か大仕事を成し遂げたかのように自慢げに言い放った。
もっともそんな素振りに騙されるはずはなく、俺は
「アホでしょ」
「リズム狂ったから。リセットしよっかなって」と妹は皿のラップを外しながら説明する。
「リセットできてないし。今起きたんなら、完全に昼夜逆転じゃねーか」
「最初はね、起き続けてちゃんと夜寝るようにしよって思ったの。でもキツイじゃん? で、昼の1時くらいに寝た」
妹は今日のランチ用だったチャーハンを箸で食べ始めた。
そして食べながら話を続けていく。
「そいで次起きたらもう夜の2時過ぎてたでしょ?」
「それだけで12時間以上経ってるし……」
「何かあんまりお腹空いてなかったし、まだ寝足りない感じあったから、もう一回寝ればちょうど朝起きれるかなって。で、また寝た」
「そんだけ寝て寝足りないって……」
「ま、完全には寝てないんだけどね。スマホとかいじりながら寝たり起きたり。そしたらねー、また昼になってた」
と妹は笑って話しながら、前夜の夕食の角煮をひとつ頬張った。
そしてさらに自らの睡眠体験について物語る。
「さすがにこの時は、ここで一旦起きよって思ったんだけどねー。でもさ、大体24時でしょ? 何かもうちょいいけんじゃないって思って。あ、記録。記録目指そって」
「別にすごくないし、そんな記録……」
「いや、意識して眠ろうとすると案外難しいからねー。15時間とか過ぎると、キツくなってくるから。マジで限界超えたわー」
「それほど意味のないこともない……」
「今度は逆に起き続けるのもやりたい。徹夜。今まで2日しかやったことないから」
「まず普通を目指そう」
「普通とかつまんないじゃん。せっかくの夏休みなんだから」
この長時間睡眠への達成感からなのか、妹は妙に機嫌良く喋り続けた。
しかし流石に髪や体のギトつきが気に掛かったのか、食事を一旦停止すると、「途中だから片付けないで」と母に釘を差し、意気揚々と風呂場へ向かっていった。
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