5 妹はパリピを気取ろうとする

 巧妙な手練手管で結婚式用の衣服購入を取り付けた妹ではあったが、時をおかず、彼女の計画は思わぬアクシデントに見舞われることとなる。

 それと言うのも母に急な用事が入ったためで、母も約束を反故ほごにしようと考えていたわけではないのだろう、買い物は次週に延期との案を代わりに提示してはいた。


 それをすんなり飲んでいれば、余計な面倒など生じることはなかった。

 しかし妹ははぐらかされるとでも考えたのか、がんとして受け入れようとしなかった。

 母親としても、妹の独断にゆだね無駄金を使ってしまうような事態は避けたかったのだろう。

 二人の間では行く行かないの押し問答がしばらく続けられた。


 この問答は俺にも飛び火し、母は代わりに行くよう俺のもとへ要請してくる。

 当然、俺は即座に断りの返事を伝えた。

 俺としても面倒に付き合うのはごめんであったし、何より俺にセンスがあるわけじゃない。

 女性物の服となれば尚更である。


 自分は役に立たない上、責任も負えない、なので通販でもいいのでは――と、俺は代替案に付言ふげんしてもおいた。

 しかしやはり母親の通販への抵抗感は根強く、結果俺と母の間でも、行く行かないの押し問答がしばらく続いた。


 事態が進展するのは、母親が購入資金だと言って、半ば強引にお金の入った封筒を手渡してきた時のことである。

 いくら入っているのか聞くと、その額8万。

 精々2、3万くらいの服を買うものだと予想していた俺は、そんな額を許可したのかと驚かずにはいられなかった。

 母親は「服以外に靴や小物も欲しいと言って聞かないのだ」と、渋面で妹との取り決め内容を説明した。

 そして続けて「これで収まるよう」「要らぬものを買わないよう監視してくれ」と俺の役割を指示もした。


 無責任を自認していても、俺とて一家の一員である。

 8万となれば、決して見過ごせるような額ではない――このようなちょっとした正義感に導かれ、俺はお目付け役を了承するに至ったのだった。




 買い物前日の金曜日の夜。

 俺は人が多くなる前に買い物を済ませるため、午前中には出発するぞと、事前に妹に伝えておいた。

 しかし案の定、当日9時半頃に起こしに行っても、妹は起きようとはしなかった。

 無駄な労力を使いたくなかった俺は、起こさずにほっておく。

 妹はいつもの休日と変わらぬ遅起きを貪り続けた。

 結局、一階へ下りてくるのは、昼前になってのことである。


 当然の如く、そこですぐ出発となることもない。

 それどころか妹はダラダラ準備を進めながら、急に友人が来るなどと言い出した。

 恐らくおともが俺だけでは心許ないと思ったのだろう。

 ただ呼んだ友人と言うのは、妹同様意識の低い親友、山下莉々やましたりりである。

 内心、それじゃあ大して意味が無いのではと疑問を抱かざる得なかった。

 が、口にはせず、友人の到着次第、俺たちはイオソモールに向け出発した。




 今回の買い物に際し、俺はある考えを持っていた。

 口出しをしないようにしよう――との考えである。

 妹の自主性を信じようしたと言えば、あまりに美化した表現であろうし、失敗した場合の責任逃れを考えていたと言えば、そもそもそこまで真面目に向き合っていたわけじゃない。


 ただ、このような形で妹の買い物に付き合うことなど最近はほぼなかった。

 普段外で友人とどのように過ごしているのか、まあ家で過ごしている時の様子から大体の察しはついていたものの、ひとつこの目で見てみたい――買い物への介入自粛の指針は、こんなささやかな思いつきがキッカケだった。


 俺は極力存在感を消そうと努めながら、二人の後をこっそり追っていった。

 モールに入店し二人がまず向かったのは、とあるサブカル系の雑貨屋である。

 いきなり雑貨はおかしいのではと訝しみつつ様子を見ていると、二人はカツラや装飾品など色とりどりのパーティーグッズが並ぶエリアに立ち、あれこれ品定めし始めた。


「これどう? パリピ感ある?」と妹は四角いサングラスを掛けて友人に問う。

「それただのタモリ」

「えー。じゃ、これは? パリピ?」と今度は丸い伊達メガネを装着する。

「売れない読モにいそう」

「何それ?」

「すごい人気なさそう」と友人は妹を指差して笑う。

「駄目じゃんそれ」と言いながら妹は伊達メガネを棚に戻し、品探しを続行する。


 買い物中、妹は「パリピ」なる不審な言葉を繰り返し口にしていた。

 それだけでこの先の雲行きに不安を覚えるには十分だった。

 が、さすがの妹も結婚式をそういう風に受け止めてはいないだろう、これはジョークに過ぎないとポジティブに捉え、口出しはせず観察を継続した。


 幸い二人はこの店に長居はしなかった。

 やっぱり先に服を買わなくてはと相談しながら、並んでモールの通路を歩き始める。




 モールを見渡すに、パーティー向けの服を売っていそうな店もそこそこあるようには見えた。

 しかし二人は店先からちら見するだけで、中々入っていこうとはしなかった。

 やっと入ったと思えば、どこにでもあるカジュアルな量販店なのである。

 俺はどこかに違和感を覚えつつ、それでも本題には近づいたと、女性物エリアに向かう二人の後を黙って追いかける。


 この量販店でも、二人は色々手に取りはしていた。

 が、基本普段着を取り扱っている店なので、見たところ結婚式に合いそうな品物は多そうにない。

 品定めする二人も、どこか不満そうな口ぶりである。


「やっぱ普通だよねぇ。パリピ感ない」

「まあねぇ」と友人が相槌を打つ。

「こういうのだとさぁ、何のインパクトもないし」と妹はペラペラの安物花柄ワンピースを手に取って言った。

「インパクトねぇ……」

「ガッとくるやつ」

「あ、尻とかどう?」


 そう言って友人は妹が手にするワンピースのすそをたくし上げた。

 妹は要領を得ないといった顔で問い掛ける。


「尻?」

「パリピってさ、何か尻出してなかったっけ?」と意識低い友人は真顔で言った。

「あー、出してるかも」と妹も真顔で応じる。

「尻出せば、インパクトあるし」と友人は尻案を推していく。

「いやぁ、でもさすがに尻は出せないわ。ギリいけても、ホットパンツが限界」

「ホットパンツかぁ。でもそれじゃ結婚式には合わないでしょ?」

「合わないよねぇ。まだ出すなら胸の方が――」


 と言いながら、妹は自らの小ぶりな胸をシャツの上からぽんぽんと叩く。

 友人はその様子を見てツッコミを入れた。


「ないじゃん、理心」

「ないけどさぁ……」

「ま、インパクトだったら、やっぱ髪とかメイクが一番手っ取り早いよねぇ」

「髪ねー。一応、切るつもりはあんのよ」と妹は自身の意向を口にする。

「アフロにするとかはどう?」

「アフロ? アフロは無理。けどサイド剃るのはありかなぁって思ってる。涼しそうだし」

「オラつくんだ」

「もうオラつくしかないでしょ!」


 会話の中で二人が常識を垣間見せることもたまにはあった。

 が、やはり全体的には、どこかおかしいとの印象を禁じ得なかった。

 それでもなお、俺は口出しを控えたまま静観する。


 結局この店でも何も買わず、二人は再度通路を右往左往し始めた。

 その後の行程も大体同じで、ティーン向けの服屋、帽子屋、おもちゃ屋、CDショップなどに出入りするという迷走を続けながら、何も購入しないまま時間だけが経過していった。


 そのうち、追い掛けるだけの俺にも疲労感が滲み始めた。

 もっとも疲れていたのは二人も同じだったのだろう。

 モールにやって来て1時間ほど経った頃、妹はふいに背後にす俺のもとに近づいて来て、「ご飯食べよう」と提案してくる。

 疲れていた俺は即了承し、3人でフードエリアに向かった。

 そして待ち時間の必要なさそうなラーメン屋を選び入店する。




 席に着いておしぼりで手を拭いながら、俺は手早く食べ、そしてさっさと買い物を済ませようと妹に声を掛けた。

 しかし妹はうなずきひとつすら見せず、のん気にも「餃子を頼む」などと喋り始める。


「これから服買うんでしょ?」

「そりゃそうよ」

「餃子だと、ニオイついちゃわない?」と俺は妹に異論を投じる。

「そんなお腹いっぱい食べないから」と妹が反論する。

「お洒落ってさ、そういう部分も気にすることから始まるもんじゃない?」

「今日は本番じゃないからいいの」

「いやいや、お洒落って、毎日の気遣いによって少しずつ磨かれていくもので――」

「今は休憩」と妹は俺の指摘を強引に断ち切った。


 妹のこのような態度しかり、買い物中のパリピなる言葉然り、もしやこいつには具体案などないのでは――俺はそのような疑いを深めざるを得なかった。

 そこで食事中も、妹の考えを知るため繰り返し探りを入れてみる。

 しかし明確な手応えはちっとも得られず、このままではらちが明かないと、俺は当初の介入自粛を中止することにし、食べ終えてから直截に問い掛けた。


「そもそもどういう服買うつもりなの?」

「だからパーティーっぽいドレス」と妹が答える。

「具体的には?」

「だから、それがパーティーでしょ?」

「パリピっぽいやつ」と、山下莉々が補足にならない言葉を口にする。


 しかし妹にはしっくり来たのか、揚々とした口調で友人へ相槌を打った。


「そう、パリピっぽいの」

「パリピって、クラブとかにいる人のことでしょ?」と俺が問う。

「パリピはパリピ」

「パリピもさぁ、2次会とかならいいけど、式あるからね」

「式じゃダメなの?」と妹が問い返す。

「チャペルみたいなとこでやるらしいし。やっぱ場にふさわしい格好してないと、浮くでしょ?」

「でも式ってアレでしょ? 偽モンの神父なんでしょ?」

「さぁ」

「もうそれってコスプレみたいなもんじゃん。それならパリピもいけんじゃない? 大体似たようなもんでしょ?」

「だとしても、パリピはなしだわ」

「えー」


 と妹はぶーたれた。

 業を煮やした俺は、配慮を捨てて直言する。


「そもそもお前パリピじゃないじゃん」

「パーティーに出ればみんなパリピでしょ?」

「ゆっても、結婚式って若者限定じゃないからね。じいさんとかばあさんだって来るし」

「他の人にパリピ強要しないから」

「母さん言ってたでしょ? 主役より目立たないようにとか、色々決まりごとがあるって」

「主役よりってさぁ、そんなの本番になんないと分かんないじゃん」

「そこは大体でいいって。ウェディングドレスの感じは分かってるんだから」


 このように具体的に説き聞かせていくと、妹はやっとパリピを引っ込めた。

 俺はこの機を逃すまいと、どのようなパーティードレスを買いたいのか、スマホに画像を映し出しながら詰めの作業に移行する。

 色、形状、丈、素材感――このの面倒を予防するため仔細しさいに問いただしていき、おおよそのイメージが固まったところで、俺は間髪入れず宣言した。


「じゃ、買いに行こう」


 俺は椅子から立ち上がり、会計伝票を手に取った。

 しかし満腹感ゆえ腰が重いのか、妹はすぐ立ち上がろうともせず、つま楊枝片手に鷹揚おうように話し続ける。


「買いに行くってさぁ、どこに売ってるか知ってんの?」

「だから今決めたようなのがあるか、色々見てみようって話で――」

「入りづらいんだよね、そういう店って。あんま人いないし」

「入ったら絶対店員の人寄ってくるもんね」と友人も同調する。

「聞けばいいのよ。こういう感じの、結婚式に合うような服ありますかって」


 俺は立ったまま意見した。

 しかし妹は座ったまま不服そうに「えー」と嘆きの言葉を口に出す。


「えーじゃないし。だって、どこに売ってるか分かんないんでしょ?」

「いや、でもこういうの欲しいってのはあるんだしぃ」と妹はふてぶてしく言い放つ。

「だからこういうのありますかって店の人に――」

「絶対店の人って売りたいもの勧めてくるもん」


 そう妹が口にすると、すかさず友人も妹にくみする言葉を述べあげる。


すすめられると断りづらいもんね」

「ほんとそう」と妹はこくこく頷いた。

「ぶっちゃけその方が安心でしょ?」と俺は苦々しく言った。

「それだと店の人のセンスだしぃ。やっぱ自分の欲しいもの買いたいしぃ」

「結婚式だから。定番でいんだって」

「分かってるけどさぁ」


 待ってもしょうがないと、俺は話を切り上げ、ひとりレジへと向かった。

 振り返ると、二人も渋々腰を上げ、のろのろこちらに歩いてくる。

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