2 妹はナチュラル原理主義を信奉する

 いざ結婚式及び披露宴を執り行うことが決まると、俺の両親も資金的な援助を申し出たらしく、兄夫妻とは式のことで頻繁に連絡を取り合っていたようである。

 俺は両親から断片的に話を聞くだけで、日時の話などを除いては、こちらから尋ねにいったりもしなかった。


 そうした場に出席しなければならないことに、多少の億劫おっくうさはあった。

 が、そこは近親の式である。

 然程さほど気張きばる必要もないだろうと、そこまで深い気掛かりを覚えることもなかった。


 ただある日、長兄からの質問をキッカケに、俺は自らのそうした姿勢を変えざるを得なくなる。

 と言うのも、その問いが俺の恋人――都志子としこの結婚式出席にまつわる問いだったためである。




 初めて恋人の招待について問われた時、俺は相談してみると言葉を濁した。

 即答しなかったのは、ちょっとした気恥ずかしさと、実際に相手の意向も聞かなければという理由のためであったが、後々あとあと考えるに、自分が試されているようなプレッシャーをどこかで感じてもいたのだろう。


 俺に結婚の意志がないわけじゃない。

 そのつもりで真面目に付き合っており、未来の家族として一緒に出てくれるのなら、それは喜ばしいことだとも感じている。

 しかし俺はしばらくの間、この相談を都志子に持ち掛けることをしなかった。

 それにも一応理由がある。


 と言うのも、都志子は竹を割ったような性格の、行動的なタイプなのである。

 この申し出をキッカケに変にやる気を出されること――これは十分にあり得ることであり、俺が最も警戒することでもあった。

 もしそうなれば、面倒な役回りをになわされかねない、ここは全部兄夫妻に主導してもらい、あくまでも俺たちはゲストとして気楽に関わりたい――俺はそんなはらづもりで、知らぬふりをしてやり過ごすことを選んだのだった。


 しかし気にしないようにするという思考は、気にしていることのあかしだろう。

 実際、気になって気になってどうしようもなかった俺は、都志子に話すことからは逃げ続けたものの、ちょっとした折、知人に結婚式についての経験談を伺い、自らの閉塞を打破するヒントを得ようと藻掻もがいてもいた。


 ただ、こうした試みも、気持ちを楽にしてくれることはなかった。

 と言うのも、結婚式について知れば知るほど、恋人の出席という問題が、自分の思っている以上にデリケートな問題であることを痛感させられたからである。


 当然、俺の中で打ち明けづらさは、減退するどころか益々蓄積していった。

 いざ切り出すにしても、どんな感じで切り出すべきか、そもそもこんな質問をしてしまうことが、何かあらぬ疑いを――つまり相手を信頼していないことのように受け取られはしないかなど、疑心暗鬼も生じ続けた。

 こんなことなら初めて兄から問われた際、軽いノリで「ぜひ招待してあげてくれ」とでも即答しておけばよかったと後悔すら感じるようになっていた。




 斯くして、面倒を回避しようとしたために、かえって面倒を抱えてしまうという事態が生じつつあった。

 が、時が解決してくれるだろうと、俺は依然自分から動くことをしなかった。


 しかし、いつまでもそうして逃避していられるわけはない。

 しばらく経った頃、兄夫妻はプランナーに改定してもらった見積もりを手に、相談のため我が家を訪れた。

 場に居合わせた俺は、当然返事を催促されることとなる。


「まだ聞いてない」

「もう呼ぶってことでいいよね?」と兄嫁は圧力を込めて口にした。

「いや……、でも色んな人にさ、彼氏彼女の出席について聞いてみたら、結構意見分かれたんだよねぇ。婚約とかしてない状態で出るのは非常識だって人もいて――」


 と言った具合に、俺はここでも返事を先延ばしすることを試みた。

 が、兄嫁はそれを許さない。


「私達がいいって言ってんだから、いんだって」

「あ、そう……」

「だって海理くん、結婚する気あるんでしょ?」

「それは、あるけど……」

「だったら出て欲しいなぁ、都志子ちゃんと一緒に。言いにくかったら、今度、私達から直接言おうか? 私まだちゃんと会ったことないから、会って話しておきたいし」

「俺もまともに会ったの、1回しかないわ」と兄も兄嫁に加勢する。


 ここで3人の会話に興味を持ったのか、リビングでがぶ飲みメロンソーダを飲みながらダラついていた妹は、ソファーからむくっと起き上がり、俺たちの会話に介入し始めた。


「私はもっと会ったことあるよ」

「どんな感じの人?」と兄嫁は好奇心あらわに妹に問い掛ける。

「キレイな人だよ」

「え、誰風だれふう?」

「誰かなぁ。あの人、あの今の朝ドラの主役の人を、野獣にした感じ」

「それ言っとくわ、本人に」と俺はすかさず妹に釘を刺す。

「そういうのやめて。キレイって言ってたって言っといて」




 俺は基本、家族に自分の恋人の話などあけっぴろげには語らないたちである。

 普段もし妹が触れようものなら、取り合わず無視か、話をらしていたに違いない。

 しかし、この時の話題は、唯でさえ気後れを感じていた結婚式出席に纏わる話だった。

 しかも先送りしようにも、兄夫妻はそれを認めてくれそうにないという追い込まれた状況でもある。

 半ばやけっぱちではあったが、この意識低い妹なら、もしや話の焦点を別の部分へらしてくれるのではないか――俺はとっさにそんな算段を走らせ、妹をそそのかしてみることを思い立つ。


「都志子、性格キツ目だから。特に理心とは噛み合わない」

「そうなの?」と兄嫁は俺の言葉に興味を示した。

「私とはデコボコって感じかなぁ。でも嫌いとかじゃないからね」と妹が答える。

「都志子、嫌われてるって気にしてるよ」と俺はさらに妹にけしかける。

「だから、嫌ってないから」

「でもお前、けるじゃん」

「だってさぁ、都志子ちゃんって私に厳しいでしょ? 会ったらいっつも服のこととか言われるし」

「そりゃ、お前が変な服着てるから」

「変かどうかなんて個人の勝手でしょ?」

「前、せっかく服もらったのに、全然着てないよね?」

「着る機会ないし」

「普段着ればいいって言ってたじゃん」

「普段はさぁ、これで十分」


 そう言って妹は、自分が身につけているキャラクター柄のTシャツを見せびらかすように胸を張った。

 俺はこの調子でいけば結婚式から話を逸らせられるとの手応えを感じながら、会話を継続していった。


「せっかく変化のキッカケを与えてくれてるのに、もったいない」

「大体さぁ、そこは私じゃなくて都志子ちゃんが合わせるべき部分じゃない?」と妹は逆ギレ気味に食いついてくる。

「いや、理心に合わせると非常識になっちゃうし」と俺は挑発的に応酬する。

「合わせなくてもいいから、せめて慣れて欲しい」

「慣れはもう十分あるでしょ。慣れた上で、こうしたらもっと良くなるっていうのを言ってくれてるわけで――」

「そ~こが余計なんだよねぇ」

「誰も気に掛けてくれなくなったら、もっと悪化するし」

「悪化とかじゃなく、これ私の個性だから。個性を尊重して欲しい」

「お前のは個性ってか、ただのさぼりだろ」

「さぼるのも個性」


 妹の暴論に笑みを浮かべながら耳を傾けていた兄嫁も、ここで会話に加わってくる。


「私も理ぃちゃんに、こうした方がいいとか言った方がいい?」

「そういうのいらない」と妹は首を振って拒絶する。

「どんどん言ってやらないと」と俺は兄嫁の側に加担する。

「でも確かに、もう慣れちゃってるもんなぁ。たまに理ぃちゃんの制服姿とか見ただけでも、あれ、どしたのってなっちゃうから」

「それはひどくない?」と妹は不服そうに兄嫁に対し抗議する。

「こういう感じの服だと、安心感感じるもんね」


 兄嫁は妹のアニメ柄Tシャツを見つめながらほほ笑んだ。

 妹はその言葉にご満悦らしく、再度胸を張って柄を見せびらかしながら言った。


「でしょ? それが私のファッションのテーマだから」

「へぇ。テーマあったんだぁ。でも結婚式の時は写真も撮るから、面倒くさがらず化粧とかしてきてね」と兄嫁は笑いながら妹に注文をつけた。

「あー、写真撮んのかぁー。どうしよっかなー」

「そんなキチッとした感じじゃなくていいから」

「キチッとじゃなく? じゃあ……、ナチュラルかなぁ」


 兄嫁の要請に対し、妹はもの思わしげに呟いた。

 俺は妹のナチュラル論を知っていたので、そしらずにはいられない。


「理心の言うナチュラルって、怪しいからね」

「何が怪しいの?」と兄嫁が俺に尋ねてくる。

「何もしないことをナチュラルだって言い張ってるから。ナチュラル風のメイクとかじゃなく」

「へー。過激派だぁ」


 兄嫁はそう言ってニコニコ笑った。

 妹は俺の入れ知恵に対し、不満気な表情で抗議の言葉を吐き捨てる。


「いや、私だってその違いくらい分かってるから。分かった上で、自称ナチュラルを否定してるだけで――」




 妹への期待も虚しく、話は再度結婚式の方へと戻っていった。

 それでも兄夫妻による説明に付き合いながら、俺は話題転換の機会を窺っていた。

 話は各人の身なりに関する意見に始まり、日程や会場に関する交渉過程、そしてこれからの大雑把な予定へと移っていった。


「どれくらい人呼ぶの?」と妹が兄嫁に尋ねる。

「まだカッツリは決まってないけど、合わせて6、70人くらいになるかなって。ま、来れない人もいるだろうし、多少は変わってくると思う」


 兄嫁の説明を耳にしながら、俺はとっさに計算を走らせた。

 等分して新郎側およそ35人、そのうち俺たち親族で十数人、つまり残り10から20人が仕事関係や友人関係、となれば決して多くはない。

 身内だけだと都志子も来づらいであろうが、多ければ誤魔化せられる、しかしそこを判断するには微妙な数だなぁ――と思案していると、兄嫁のこんな話が耳に入ってくる。


「披露宴終わった後には、2次会もやる予定」

「そんなのあるんだぁ」と妹が興味を示す。

「そっちはお互いの友達とかを中心に呼んで、もっと砕けた感じでやろっかなって」

「え、2次会って、披露宴のすぐ後にやるの?」と妹が尋ねる。

「そう。疲れるからやろうか迷ったけど、そっちの方が来やすいって人もいるでしょ? 子供はお義母かあさんが預かるって言ってくれたから、そこは甘えて」


 この情報に触れた瞬間、俺はこれだと即断し、兄嫁に話を切り出した。


「都志子、そっちに出るくらいの方がいんじゃないかな?」

「2次会?」

「うん」

「えー。都志子ちゃんには式にも出て欲しい」と兄嫁は主張する。

「でも式出るってなったら、親族としてってことになるでしょ?」

「どうなんだろ。肩書とかは聞いてみないと……」

「恋人って、そういう部分で困るって話聞いたし」

「うーん。席とかは普通に親族の席でいいでしょ?」

「でもそれだと、都志子も気い使っちゃうし」

「まあねぇ、それはあるかも……」


 兄嫁は俺の言葉を真摯に受け止めてくれていた。

 これは押し切れるのでは――と手応えを覚えたのも束の間、すぐ横ざまから邪魔が入った。

 妹である。 


「都志子ちゃん、そんなこと気にするタイプじゃないでしょ」

「いや、でも結婚式ってなったら――」と俺は妹の言葉をさえぎるように言葉を重ねていく。

「絶対大丈夫だって」

「ゆっても、周り知らない人だらけだし――」

「都志子ちゃん、知らない人だってガツガツいくタイプじゃん」

「いやぁ、でも結婚式だからねぇ。結婚式はさすがに――」

「むしろそういうイベント好きそう。絶対張り切るでしょ」


 妹はお前の魂胆など知っているとでも言わんばかりに、打つ手打つ手を跳ね返した。

 しかもこうした妹の力強い言葉は、兄嫁の迷いをも吹き飛ばしてしまったらしい。

 先程まで思案顔だった兄嫁は、一転、晴れやかな表情で口を開いた。


「そういう感じなら、心配いらないか」

「いらないいらない」と、俺の代わりに妹が受け合う。

「じゃ、日時のこと伝えて、来れるかちゃんと聞いといてね。できるだけ早く」と兄嫁は決まった体で俺に念押しした。


 このようにして、妹を利用して有耶無耶にする計画はあえなく頓挫とんざした。

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